ヌマ日記

想像力と実感/生活のほんの一部

東京に似合うのは冬[2022年12月15日(木)晴れ]

朝8時半から丸の内で取材。神田で乗り換えて京浜東北線で有楽町へ。少し早めに着いたので、取材先の場所を確認してあたりをぐるっと一周する。歴史がありそうな建物や、まだ開いていないアパレルショップの大きなウインドウを眺める。角を曲がると、遠くに皇居の内堀が見えた。

 

取材は先方がしっかり事前準備をしてくださっていて、事前に資料も共有いただいていたこともありいい内容になったと思う。専門性のあるジャンルながら自分に深い知識があるわけではなく不安だったので、スムーズに終わってよかった。建物の前でスタッフの皆さんと別れ、私は近くのスタバで数時間ほど仕事。お昼時になって、次の予定のため席を立つ。

有楽町駅へ向かう途中、交差点のそばにあった銀杏並木が明るすぎるほどの黄色で、雲一つない青空に映えていた。まぶしいとさえ感じて目を細めたくなるのだけど、発光しているわけではないからその必要はない。太陽を直視しているみたいな不思議な気持ちになる。信号が変わって、視線を戻して歩き出す。

 

山手線で渋谷まで出て、井の頭線に乗り換えて駒場東大前へ。西口から出ると見覚えのある景色が広がっていた。なんだっけ……きょろきょろしながら思い出そうとする。平成初期頃のデザインらしきマクドナルドのプラスチックの看板が目に入って、それを見ているうちに記憶がつながった。高校生の頃だ。私はこのへんの高校に通っていたのだけど、駒場東大前は私が利用しているのとは違うもう一つの最寄駅だったのだった。駒場東大前を利用している友達といるのが楽しくて、放課後にこのマクドナルドで過ごしたこともある。駒場東大前といえばいつの頃からか東口にある駒場アゴラ劇場の印象に置き換わっていて、すっかり忘れていた。

そうして歩き出すと道にも見覚えがあり、懐かしい。閑静な(多分)高級住宅街で、高層ビルがないから空が開けている。この道をまっすぐ行って曲がるとたしかフレッシュネスバーガーの日本第一号店があって、それを通り過ぎて歩いていけば……と記憶を遡る。だけど記憶と同じ道筋はたどらず、途中で脇道に入る。今日の目的地は高校があった場所ではなく、日本近代文学館だから。

駒場公園は静かで、本格的な冬に向けて葉が少なくなった木々や、乾いた幹を見ながら進む。足元には玉砂利が敷かれていて、踏むたびに音がする。空が高い。思わずぼーっとしてしまう。予定を終え、帰りも再びぼーっとする。公園内に保存されている旧前田邸の建物を見るともなく眺めたりして、満足したら駒場東大前駅へ引き返す。
渋谷方面の電車に乗って神泉で下車。近くで戸田真琴さんの最後の写真展「supernova」が開催されていて、写真を撮影している飯田エリカさん(大学の同級生で今でも交流がある)も在廊しているというので。神泉駅から徒歩10分ほどだが、この駅もまた歩くのが楽しい。意外と坂が多くて起伏がある道、大使館、知らなかったけどおいしそうな店、大通り沿いの平たいデニーズ。街路樹。しげしげと眺めながら歩いていたら、気づくともうギャラリーに着いていた。

 

入ろうとするとすぐにエリカが気づいてくれ、「作家さんや〜」と言われる。本を出してからたまに言われるけど、なんか変な気分。だって私、日記書いていただけだし……。それに、そういう意味で言えばエリカのほうがよっぽど作家さんだ。写真集とかいっぱい撮ってるし。

入り口で話しているとちょうど戸田さんもやってきて、ちょっと挨拶。戸田さんは荷物を置きに行ったあとそのままファンの方とたくさんお話をされていたので、私は一人だったり、時々エリカと話したりしながら展示を見る。

戸田さんは1年前にAV女優を引退することを宣言した。エリカが撮っているのはAVとは違う、誰かの性欲のためではない戸田さんの写真なのだけど(私は戸田さんの出演しているAV作品を見ていないから、この言い方がAV女優としての戸田さんの仕事を矮小化していないといいなと思う)、それでも被写体としてこうして写るのはこれが最後なのだそう。

エリカが戸田さんをはじめて撮影したのは2017年で、5年間に撮ったあらゆる写真が展示されている。その写真はすべて来場者が自分の手で壁から剥がして、購入することができる(値段も自由)。写真は補充されないから、毎日少しずつ壁には空白が増えていく。

「初日はもっと隙間がなくてわーっと埋まってたんだけど、思ったより早いペースで減ってる」

空白を見ながらエリカが言う。壁に貼られた写真は大きさもばらばらで、いろんな紙に印刷されていて、時系列もランダム。「でも、思い出とか記憶とかって、こんなふうに頭の中に入ってるよね」という話をした。

今週の月曜に戸田さんとエリカのポッドキャストで私が出演したイベントの音声が配信になったことについても話す。昨日の日記に書いたように本を売るための方法を模索していたことで、「もしまた機会があったらぜひ読んで!」と若干押し強めに言ってしまった。それで嫌われたりする間柄でもないけれど、なんかちょっとだけ反省。

 

気づいたら1時間近く経っていた。ギャラリーを出て、日が暮れかけている神泉の街を引き返す。夕暮れの街もきれいで、行きに見かけた大使館に飾られたクリスマスのイルミネーションが輝いている。なんだか今日はたくさん歩いた。東京が好きだなと思う。私は好きな季節とか特にないのだけど、東京に似合うのは冬だ。空気が澄んで風が冷たくなると、この都会が持つ輪郭のシャープさが際立つように思う。

 

再び渋谷に出て、カフェで日記を書く。戦争が怖い話からはじまってどんどん長くなって、4000字くらいになってしまった。そのあといろんな渋谷の書店をめぐる。『いちなが』はあると思った店になく、ないと思った店にあった。そんなふうに、自分が知らないところで仕入れてくれている書店があり、買ってくれる人がいるのだろう。わかってはいるのだけど。

代々木公園のほうまで歩いて、せっかくだしとバスで帰ることにする。東京でバスに乗るのはいつもの街を違う視点で見られるから好きだ。今日もわくわくしながら外を眺めていたのだけど、途中で急にお腹が痛くなってくる。変なものを食べたわけではないのに、なぜ……気持ち悪い汗が額に浮かんできて、あ、これはまずい、と途中下車。初台だった。fuzkueの近くだ、などと思いながらトイレを探す。脂汗をかき、前屈みで小走りにうろついていても、冬の東京の美しさに心が弾んでいた。ドトールに入ってホットティーを頼み、トイレを借りる。間に合ったことに安堵。紅茶でお腹を労わりつつ、帰ってからやろうと思っていた仕事をここで片付けた。

 

ドトールを出て、もう一度バスに乗って今度こそ帰宅。車窓から眺めているのが楽しい。帰宅ラッシュで渋滞していてバスはなかなか動かなかったけど、それでもいっこうに構わなかった。