ヌマ日記

想像力と実感/生活のほんの一部

居心地が良い[2020年11月28日(土)曇り]

最近はとにかく眠くて、一日に10時間以上寝てしまうこともよくある。常に眠くて頭がぼーっとするような春の感じとは違って、活動しているときはしゃきっとしているのだけど、夜はすぐに眠くなってしまうし、朝は全然布団から出られない。寒くなってきたせいもあるのだろうか。

 

12時から友人のNくんと会うために新宿へ。三丁目の交番で待ち合わせ、恋人にお勧めされたクレッソニエールというレストランでランチ。平時の昼時はいつも行列ができているそうなのだけど、コロナの影響か最近は並ばずに入れるらしい。この日も特に並ぶことなく入ることができた。

インスタグラムのDMで時折交流はあったものの、Nくんに会うのは1年以上ぶり。コロナで受けたお互いの近況を話しつつ、『消毒日記』を渡す。インスタで私が宣伝をした時に、「買いたいです!」と連絡をくれていたのだ。また感染者数が増えているから誘うかどうか迷ったのだけど、このタイミングを逃すともう来年以降になってしまいそうだし、連絡するだけしてみようと思ったのだった。迷ったせいで声をかけたのが前日になってしまったのだけど、Nくんも予定が空いていて久しぶりに会うことができた。

とりとめもなく話しているうちに、注文した日替わりメニューの牛ひき肉のステーキが運ばれてくる。Nくんも同じもの。ハンバーグとステーキの中間のような食感で、マスタードソースが効いていておいしい。恋人が「ほんっっとにおいしいから」と大絶賛していたせいでハードルが上がりまくってしまって、なんだかちゃんと味に驚けなかった気がするのだけど、他のメニューも食べてみたいと思った。14時ごろまでゆったり長居をしたけれど、それを許されているようなゆったりとした時間の流れと適度な無関心さがあって居心地がよかった。

 

食後のコーヒーを飲み終えてしまったので移動する。今度はNくんが見つけてくれたカフェ。歌舞伎町の区民センターのような建物の中にあるのに、メニューが妙に凝っている。そのちぐはぐな雰囲気が面白かった。

Nくんが袖をまくり、最近二の腕に入れたタトゥーを見せてくれる。昨日は太ももにも入れたそう。何を入れるか決めきらずに行ったところ、アーティストの人がその場でスケッチを描いてくれて、それを入れたのだと言っていた。Nくんが自身に入れたタトゥーを語るときの口ぶりには、カジュアルさと自分の体を愛そうとする奥深くから来る気持ちが同居しているように感じて印象的だった。タトゥーとかピアスとか整形とか、まるで自分の体を雑に扱っているかのように語られることがあるけれど、むしろ大切にするためにそうする人のほうが多いんじゃないかな、というようなことを思う。

「入れるんだったら何を入れたい?」と言われて、少し悩んだ末に「動物とかかなあ」と応えたのだけど、どの程度本当にそう思っているのかは自分でもわからない。Nくんが鼻水が出ている犬のタトゥーを入れていたので、それに引っ張られたのかも。小さなものを何か入れてみたい気持ちが実はあるのだけど、そのモチーフはまだ全然わからない。

 

それ以外には、最近読んだ本や見たNetflixの作品、お互いの活動についてなど。私が最近読んで面白かった本を挙げると、Nくんは次々にAmazonウィッシュリストに入れて、私はNくんから聞いたNetflixのドラマをメモした。

16時過ぎまで話して、そのあとは一緒に紀伊國屋書店へ。2階をそれぞれ見て、Nくんはさっき話題に挙げた遠野遥『破局』をさっそく買っていた。私はイ・ラン『アヒル命名会議』を購入。そのあと3階も見たかったので、階段のところでNくんと分かれて1人で物色。國分功一郎さんと熊谷晋一郎さんの共著『<責任>の生成ー中動態と当事者研究』や、NHK 100分 de 名著のブルデューディスタンクシオン』のテキストなどを買う。

 

用を済ませたら早々に帰宅して、今読んでいる『文藝』を読み進める。大前粟生「おもろい以外いらんねん」が本当にすごい。Netflix映画のようなアップデートされた価値観でも、旧態依然とした価値観でもなく、その間で引き裂かれつつ前進しようとすることを描いている。

 

夕飯は1人で食べたのだけど、炭水化物を摂らなかったせいかお腹が空いてしまった。別の友達と会っていた恋人が帰ってきて、「お酒飲んだ後は炭水化物が食べたくなる」と言うので、二人してUberEatsでマクドナルドを頼んだ。22時過ぎにマックを食べるなんて土曜の夜らしい。

コロナのご時世だし、そもそも配達パートナーの労働事情で良くない話を聞くことも多いのでチップを支払うようにしている。でも、たかが数パーセントのチップでそれを見ない振りしようとしている自分を、なぜか今日はすごく後ろめたく思った。使わないという意思表示もあると思うし、一時期はそうしていたのだけど、どうしても便利で、たまに使ってしまう。

鏡のようにして[2020年11月25日(水)晴れ]

朝、歯磨きをしたあとにふと鏡で自分の舌を見てみると、直径5ミリほどの血豆ができていた。昨日夕飯を食べていて、妙にしみると感じたのはこれが原因だったのか。血豆は存在感があり、グロいのだけどなんだかまじまじと見てしまう。見るのをやめたあともそのイメージが脳裏に焼きついていて、昼ご飯を食べる時にふと想像して食欲をなくしたりした。

昼はセブンイレブンのサラダチキンスモーク味。皿に出す時に裏返ってしまったのだけど、サラダチキンの裏側は表と違って妙に生々しく、それでまた食欲が減退した。スモークの茶色が部分的に剥がれ落ちピンク色がまだらに見えていて、日焼けした肌のようだと思った。

 

先週末からバタバタとこなしていた入稿〜校了が、おそらく今日でひと段落。私にとって大変なフェーズは終わったものの、細かな確認などがあり気は抜けない。合間に他の原稿を書き、新しい仕事の依頼のスケジュールを調整。17時くらいまで仕事をして、そのあとは文フリで買った古賀及子さんの『ごめん、あれやっぱパンだった』を読む。2020年2月から7月の日記本だ。

古賀さんはデイリーポータルZの編集部の方で、日記の同人誌をたくさん出しているのだけど、手に取ったのはこれがはじめて。緊急事態宣言中のことも書かれているけれど、暗くはならず楽しい内容。子どもとの日々を中心に、自分たちの生活に集中している感じがあって、笑えると同時に頼もしさのようなものを感じる。*1

当たり前だけどコロナに対してもいろいろな感じ方、対処の仕方があって、人それぞれだなあと感じる。古賀さんの日記を読むと、私の日記はとにかく右往左往しているなと思う。感傷的だし、日和見的で頼りないような。文フリで買ってくれた人の中にはもう読み始めてくれている人もいると思うけれど、みんなどう感じるのだろう。考え始めると、好意的に受け取ってもらえる気がしなくなってくる。

まあ、私の書いたことに賛同してもらえなくても、これを鏡のようにして自分自身の感じ方を見つめ直したり、コロナとの付き合い方を考えたりしてもらえたらいいか、と思うことにする。

感染拡大は止まるはずがなく、GoToの停止や不要不急の外出自粛の呼びかけ、飲食店への時短要請などがバタバタと進んでいる。みんな心のどこかで予測はしていたと思うが、やはりどこか場当たり的な印象があって、春頃のデジャヴだなあと思う。そういう意味では、今から今年の日記を読み返すのは何かしらの参考になるかもしれない。

それにしても、もしまた緊急事態宣言が出たらかなりしんどいなあ。経済的、精神的に追い込まれる人がたくさんいるのがわかるので、あれが再びやってきたらと想像するだけでやりきれない。

 

夜はMと一緒に、文フリで売った2冊の通販の発送作業をすることにしていた。18時ごろ家を出て、発送に必要なOPP袋やスマートレターを購入する。道中ではラジオを聴いたりSNSを見たりして、政治まわりの情報収集。

桜を見る会」の安倍前総理側の問題がいよいよ決定的になり、厳しく追及されている。おおっ、ついに、と思うけれど、それを隠れ蓑のようにして国民投票法の改定案を採決しようとする動きも。国民に対して誠実でないのももちろんだし、それ以上に用済みとみなした人物を犠牲にして別の目的を遂行しようとする感じの冷徹さが、あまりにも悪役然としていてすげーなと思ってしまう。まあ、この二つが同時に起こっていることがどの程度意図的なのかはわからないけれど……。

そんな中、足立区がパートナーシップ制度を導入するというニュースも。白石議員が「足立区が滅びる」発言を撤回したあと、当事者との意見交換を行っていたそう。パートナーシップの導入は来年度からで、12月からはLGBT相談窓口も設置。対応にスピード感があるし、ものすごくまともだ……! 白石議員の謝罪自体は、個人的にはなんだか形ばかりという気がしてしまったのだけど、本人が謝るなり辞職するなりして終わるという、マイナスを現状に戻すだけの対応にとどまらず、前進させる動きがあったのは本当に素晴らしい。背景にはそのために動いた少なくない数の議員がいるはずで、そのことをとても希望に思う。

 

20時前にMと合流し、ZINEの発送作業。思っていたよりもオンラインストアの売れ行きがよく、どちらのZINEも在庫がだいぶ減ってきている。増刷も考えるけれど、その場合印刷代を考えると最低でもまた50部で、そこまで売れる確信が持てず二の足を踏んでいる。せっかく作ったし、広める努力をしながら売り続けたほうがいいのだろうか。

購入してくれた方には付箋で一言メッセージを添える。最初に書いたメッセージで「購入」の漢字を間違えて「講入」としてしまったことに後々気づいたが、すでにスマートレターの封を閉じてしまったので取り返しがつかなかった。

*1:緊急事態宣言中の日記は『会社員、中学生、小学生、3人暮らしの緊急事態宣言日記』のほうにまとめられているそう。こっちも買えばよかった

文フリのこと[2020年11月22日(日)晴れ]

昨日の夜、恋人が届いたばかりの『消毒日記』を読みはじめ、私が寝る時間になっても読み続けていた。「そんなに一気に読まなくてもいいんじゃない」と言うと、「たしかにもったいないんだけど、せっかくだから世に出る前に読み切りたい気がして」と本に目を落としたまま言う。1時をまわっても読み続けているので先に寝たけれど、なんだかそわそわしてうまく眠れなかった。

2時過ぎ、トイレに行こうとベッドから出ると恋人はスマホを見ていたので、読み終えたのだと思って感想を聞く。ぐっ、と親指を立てられた。眼鏡をしていなかったので、表情はよく見えなかった。

 

朝になって、まだ寝ている恋人を横目に出かける準備。今日はいよいよ文フリ当日だ。昨日Twitterでちょっと話題になっていたセブンイレブンポンデケージョをチンして食べる。モチモチしていておいしかったけど、食べている途中で「イベント中はあんまりご飯食べられないし、腹持ちが良いものを食べた方がいい気がする」と思って、追加で納豆ご飯を食べた。

『消毒日記』に付録的につけようとしている11月18日の日記について思いをめぐらせる。1箇所、これでいいのか迷っているところがあったのだけど、食べている最中に最適解を思い付いて、急いで修正。データをアップし、近所のコンビニで印刷してから電車に乗った。東京モノレールにはあまり乗ったことがなかったけれど、どこかゆりかもめと似た雰囲気でときめいた。

 

11時にMと流通センター駅で待ち合わせて会場へ。12時の開場までに準備をするのだけど、10分くらいで終わってしまった。まあよく考えたら本を並べて、Mが昨日作ってくれたポップを並べて終わりなので、そんなに時間がかかるはずがない。だけど手持ちぶさたになるということもなくて、私は付録の紙を折って挟み込んだり、MはMで準備をしたり。Mの作品は「メロディのない歌詞の詩集」というコンセプトで、紙ジャケのCDのようなデザインになっている。そのCDに歌詞カードを挟み込む作業をしていた。

12時に開場。お客さんが入ってくるけれど、私たちのブースは入り口から遠いところにあり、最初のほうは人の入りもゆるやか。こういう出展をしたことがないのでどうすればいいかわからず、なんとなくお茶を濁すように買ってきたパンを食べたりMと話したりしていたのだけど、隣のブースの人が通りがかる人にとにかく積極的に声かけをしている。テー24、ゆるふわ未亡人のゆうこさんだ。買わずに立ち去ってしまう人にも名刺を渡したり、空いた時間でYouTube配信をしたり、とにかく手を休めない。そのアグレッシブさに影響されて、私とMも少しずつ声かけをするようになっていく。ゆるふわ未亡人さんの迷いのない声かけを見ていなければ、5時間地蔵のように座っているだけだったかもしれない。かなり鼓舞された。

 

最初こそそんな感じだったものの、しばらくするとけっこう色んな人が来てくれた。コロナで人も少ないだろうし、10部くらい売れたらいいかと思っていたのだけど、最初の一時間で目標を達成。友人も来てくれたし、Twitterを見てくれていて今日がはじめましてだった人もいた。それから、「コロナ期間中の日記を集めてるんです」という人も複数人。

売る立場になって思ったけれど、声をかけるタイミングやテンションは本当に難しい。声をかけたことで逆にブースに近寄りづらくなることもあるし。私自身が積極的に声をかけられたり話をされたりすると立ち去りたくなってしまう人間なので、無関心とも関心があるとも言えない微妙な距離感でこちらを見てくる方、目を合わせてくれない方を見かけるたび(わかる……)と猛烈に親近感を抱いた。でも、まったく声をかけないと素通りされることも多くなるし、その塩梅が難しい。

だけどやってみて思ったのは、立ち止まってもらえるだけでかなりうれしいということ。そして面白そうと思えないのに買ってもらうのは申し訳ないという気持ちが大きいので、最終的に買ってもらえなくてもそこまでがっかりはしない。これからは興味があったらとりあえずきちんと立ち止まろう、と思った。

ただもちろん、買ってもらえるのが一番うれしいのは間違いない。たまたま会場をめぐっていて、あるいはウェブカタログを見て気になったという人も予想以上にたくさんいて、文フリという場の力、そしてデザインの力だなあと思う。本を読むとわかるのだけど、タイトルは私が命名したものではないので、一見さんが足を止めてくれるとしたらそれはほぼ自分以外の人たちのおかげだ。

 

最初の1、2時間は思ったよりもハイペースで売れて、「持って来たぶんがなくなっちゃうんじゃないか?」なんて調子に乗ったことを考えたけれど、2時過ぎくらいから動きが鈍化。人の流れも落ち着いてきたし、私自身もちょっと疲れてきた。息抜きも兼ねてブースをめぐる。でも、離れているあいだに自分のブースに興味を持ってくれる人がいたら話したいという気持ちがあって、事前に目を付けていたブースをぱぱっとめぐるくらいしかできなかった。事前に目を付けていたと言っても、基本的には「ブースを見ながら物色しよう」と考えていたので、SNSでフォローしているとか、流れてきたとかばかり。もっとしっかりウェブカタログを見ておけば違っただろう。これはちょっと失敗だった。

 

16時台になってもゆるゆると売れ続け、本当に思っていたよりもずっと多くの人に手にとってもらうことができた。17時になって会が終了し、主催の方のあいさつのあと全員で拍手。その会全体に向けられた拍手を、自分にも降り注ぐものとして受け取るくらいには楽しんだ。そう思えたのは、足を運んでくれた方一人一人のおかげだ。来てくださった方、本当にありがとうございました。多分みなさんが思う以上に励まされていて、これからも続けていこうと思う力になりました。少しでも楽しんでいただけたらうれしいです。

楽しかったねー、と言いながらMと片付けをして、会場を後にする。外に出て、一度マスクを外して深呼吸をする。後半、実はちょっと酸素が薄く感じていた……。空気がこもっていたからというよりは、ずっとマスクを着用し続けていたからなのかもしれないが。長時間マスクをつけているとどうしても酸欠になってしまうし。

会場では入り口の検温、消毒、マスク着用に加え、ドアを開け放つなどの換気もされていて、徹底した感染対策が確実に行われていたから、運営に問題はまったくなかった。自分のブースに消毒用のジェルなどを置いている人も多かったし、みんなで気を付けていたようにみえた。だから基本的には安心しているのだけど、もしかしたら、ということが有り得るのがコロナだ(そして書くまでもありませんが、仮にそれが起きたとしても対策を徹底していたのなら誰のせいでもないです)。ひとまず、しばらく自分の体調はしっかり注意していようと思う。

 

流通センター駅から東京モノレールで浜松町へ。ブースに遊びに来てくれたIが「キキララのラッピング電車に乗った」と話していて、Mと二人で「帰り絶対乗りたい!」と言っていたのだけど、完全に忘れていた。少し心残り。新宿まで行って、三丁目の中華屋のテラス席で打ち上げをした。

 

 

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文フリで出した『消毒日記』が買えるオンラインストアができました! 当日来られなかった方、ぜひこちらからお買い求めください。Mこと金丸稔くんの『Music Without Melody』もあります。

awapress.booth.pm

 

2020年11月19日(木)晴れ

午前中から取材のために池袋へ。9時過ぎの電車に乗ったけれど、思いのほか空いていた。第3波の影響でリモートワークが復活してきたからなのか、それとも最近の9時台の電車ってこんなものなのか。いつもこの時間に電車に乗らないから、よくわからない。

今日から東京都の警戒レベルが最も高いレベル4に引き上げられたけれど、企業の働き方、飲食店や商業施設の営業については具体的な指示は今のところない。というか、そういう行動指針って警戒レベルに応じてあらかじめ設定しておくものではないのか……。

 

取材を終えたらまっすぐに帰宅して、短めの原稿と文字起こし。それから昨日の日記書き。文学フリマに出す『消毒日記』は第2波のことまでで終わってしまっているので、第3波のことについても触れたい。本の中に収録するのはもう間に合わないので、1日分だけ別紙に印刷してはさみ込むことにした。わりとしっかり書けたと思うけど、なんだか言い訳めいている気もする。とりあえず、少し寝かせてあとで読み返すことにする。

17時から散髪。あまり平日に行くことはないのだけど、三連休が仕事や文フリで時間がなさそうなので。空いているのかと思いきやすべての台が埋まっていた。少し疲れていたので「前回と同じ感じでお願いします」とだけ伝えて、あとはずっと目を閉じていた。

 

家に帰ってまた少し原稿。そのあと、食事をしながら小池都知事の会見の情報を調べる。またキャッチコピーみたいなのが出てくるんだろうなと思っていたら本当にそうで、わかってはいたものの苛立ってしまう。こうしたフレーズの波及効果は否定しないけど、それしかないのでしょうか……でも、調べてみると会食を通しての感染が多いようで(それ以外のタイミングではみんなマスクをしたりこまめに消毒をするように衛生意識がアップデートされているからなんだろう)、いろいろな要素を加味した上でこの判断はそこまでひどいものではないのだろうか。第一印象としてはかなりがっくりきたのだが、ちょっとわからなくなってくる。ただ、やはり全体的に「各自頑張って」という、政治は責任を負わないような雰囲気があって不信感。

 

夜は先日行われたでんぱ組のオンラインライブを見た。メンバーのえいたそが卒業発表をしたライブのアーカイブ。この日はメジャーファーストシングルの「Future Diver」が発売されてから9周年ということで、グループのファーストアルバムを全曲披露。彼女たちのホームである秋葉原ディアステージを、実際のライブステージからバックヤードまでフルに使ってのパフォーマンスで、後半では秋葉原の街に飛び出して歩きながら歌ったり、万世橋で「くちづけキボンヌ」を歌ったりと、オンラインライブだからできることをたくさん盛り込んでいた。

ファーストアルバムはプロデューサーのもふくちゃんによる「アキバソングはワールドミュージックの一種」という考えがもっとも色濃く出たアルバム(だと思う)で、その楽曲たちを10年近い時を経た今、アキバで披露しているというのがエモい……見ながら改めて、アイドルもアキバカルチャーも、演者の不断の努力と観客が「お約束」を守ることで作り出される完璧な虚構なのだね……みたいなことを考えていた。

後半ではスタジオに移動してのパフォーマンスだったけれど、ステージデザインが現代美術家のHouxoQue。こういう現代美術シーンとの接近も毎回楽しい。そしてアンコールではえいたその卒業発表。私はねむきゅんとえいたそが推しだったので、グループがどんどん変わっていくなあとしんみりした気持ちに。

えいたそ、「元気キャラ」といった次元を超えた異常なハイテンションの人なのだけど、常に「みんなを笑顔にする」ことを本気で優先してやってきた人だと思うから、その彼女が自分の未来を優先して卒業を決めたのは本当に感無量。本人が作詞に参加した「ポジティブ☆ストーリー」は泣いてしまった(ストリーミングですでに配信がはじまっているけど、聴くたび泣きそうになってしまう)。2月には有観客でライブもあるそう。コールは難しいかもしれないけど、それでも素晴らしいライブになると良い。そのためにも、その頃には感染が落ち着いているといいな。

気にする/気にしない[2020年11月14日(土)晴れ]

昨日の夜は久しぶりに近所の銭湯へ行ったからか、ただでさえ寝つきがいいのにさらにぐっすり眠ってしまった。先日読んだ千葉雅也の『ツイッター哲学 別のしかたで』という、千葉雅也のTwitterでの発言をテーマごとにまとめたもの(最近新版として文庫版がでた)に「アナーキズム研究の森政稔先生が、授業中寝るのは構わない、睡眠欲は「エレガントな欲望です」とおっしゃって、教養教育ってかっこいいなぁと思った」という一文があったのを思い出す。たしかにかっこいいが、同時にそうかなあ、とも思う。実感がともなわない。

 

恋人も起きてきたので、二人で駅前のパン屋へ。月に一度くらい、休日の朝にこの駅前のパン屋へ行くのだけど、その行為にはただ二人でパンを食べる以上の意味があるように思う。「今朝は機嫌がいいですよ」というメッセージであったり、あるいは「いい休日を過ごすぞ」という誰に対してでもない宣誓であったり。

今週は恋人がかなり忙しそうで、帰宅が1時とか2時とかだった。私は私で忙しく、朝から取材でいなかったりして、ほぼ生活リズムがすれ違い。なんだか久しぶりにゆっくり一緒にご飯を食べている気がする。

私は白身魚のフライとタルタルソースを挟んだパンを食べる。私の「魚のフライって10代の頃は全然おいしいと思えなかったから、自分が積極的に食べるようになるとは思わなかった」という発言から、「魚料理への好感度は加齢によって変わったか」という話題へ。私はここ最近で急上昇しているのだけど、恋人は「今も昔も一貫して肉よりもかなり低い」とのこと。これから魚料理作りづらくなるじゃん! と思いつつ、まああんまり気にせず今後も出し続けるだろうな、とも思う。

 

帰ってから、『消毒日記』の試し刷り2冊を見比べる。表紙に使う紙の種類を、普通のものと、少し制作費が上がるのだけど光沢があるものとで迷っていた。恋人にも相談したところ「こういうのはケチると後から後悔するよ」と。それもそうだな、そもそも儲けを出そうと思ってやっているのではないし、と思って、光沢があるほうに決める。MにLINE。今日中に入稿まで進めてもらう予定。

『消毒日記』は50部刷ることにしたのだけど、文フリだけでは絶対に売り切れないと思うので、何か他の販売方法も考えなければいけない。とりあえず通販はやるけれど、せっかくならZINEを扱っているお店とかにも置いてほしい。装丁がかなり良いので、お店にあったら手に取りたくなると思うし。

 

そのあとは仕事。今週、来週と仕事がかなり立て込んでいて、土日も使わないと終わらない。夕方まで働く。スマホを見ると恋人からLINEがあって、夜の予定がなくなった、とのこと。知り合いとお好み焼きを食べに行く予定が、相手の人が体調を崩してしまったらしい。

コロナの第3波はもはや決定的という感じで、ニュースなどでの扱いも大きくなっている。気を付けないとな、と思いつつ、来週22日の文フリはどうにか開催されてほしいという気持ちがとても強くて、それが事態を深刻に、あるいはフラットにとらえることを妨げている。いつもならきっと怒っているはずの政府の対応の遅さに心のどこかで安堵している自分がいて、けっこう嫌だなあと思う。

開催まであと約1週間。とりあえず体調管理に気をつけて、あんまり人ごみにはいかないようにする。しかし当日、閑散としていそうだな。仕方ないことだけれど。

 

夕飯は恋人が「お好み焼きの口になってる」というので、一緒にお好み焼きを食べに行く。店選びの段階から食べ終えて店を出るまで、「大阪風がいい」「やっぱりそばが入ってる広島風より大阪風のほうがおいしい。そう思わない? ドン・チュー・シンク・ソー?」としきりに言ってくるのだが、あんまりどっちが好きとか考えたことがない。今日も違いを考えながら食べたけれど、こだわりらしきものはまったく浮かんでこなかった。

多角的に[2020年11月10日(火)晴れ]

6時半、7時、7時半にかけているアラームをすべてぶっち切り、8時に起床。最近、睡眠時間が長くなっている。アラームのたびに目は覚めるのだけど、布団から出られない。疲れているというより、単純に眠るのが気持ちよくて寝過ぎてしまう。

早起きしたいのは、遅く起きるとその分仕事を急いで進めなくちゃと焦るから、という実務的な理由もあるのだけど、それ以上に「欲求に負けた」という黒星がついた状態から一日をはじめるのが嫌、というのが大きい。だから仕事に余裕があろうとなかろうと、基本的には早起きしたい。長時間寝てしまって、それを肯定できる日もたまにあるのだけど、どのような条件でそういう気持ちになるのかは今のところ不明。もう少し研究してみる。

 

昨日と今日はもともと会社の後輩たちに頼んでいた仕事の編集をする日にしていた。ただ、後輩たちから上がってきた原稿が思いのほか手を入れなくてもよい出来で、二〜三日かかると思っていたところが昨日一日で終わった。仕事が立て込んでいたのでほっとしつつ、自分がいかに後輩たちに期待していないかを実感してしまった。

指示通りにやってくれない、何度言っても同じケアレスミスをするなどがこのところ続いていたので、彼らの仕事すべてに不信感を抱いてしまっていたのだけど、全部が全部ダメというわけではないのだと認識を改める。全面的な信頼も全面的な不信も、見るべきものを見えなくさせる。

 

明日やろうと思っていた原稿を前倒しで執筆。はじめて書く媒体かつ専門性の高い内容なので、文章のトーンを試行錯誤したり、使われている言葉の意味を調べたりしながら書く必要があって、思ったよりも時間がかかる。途中で昼食休憩を挟みながら、午前中から15時ごろまで作業してようやく最後まで書き終えた。一旦寝かせて、後日また見直すことにする。

それから明日提出の原稿を見直して、これでOKだと思ったので送信。そのあとは夕方までメールの返信や細かな編集作業。今日やるべき仕事はすべて片付いた。「Things 3」の最後のToDoに「完了」のチェックを入れる。アイコンに残タスク数を示すバッジがついていないのは、清々しくもあり心許なくもある。余裕があるなら明日の仕事を先回りしてやったほうがいいのかな? という考えが頭をよぎるが、今日は先週忙しくて一回も行けなかったプールに行きたい。『荻上チキ Session』を聞きながら準備をする。

 

『Session』はアメリカ大統領選の結果がおおよそ判明したあとのチキさんの見解を聞きたかったので、月曜日の放送をタイムフリーで。オープニングトークはやはり大統領選の話題で、「分断」という番組でも頻出するキーワードをもとに、紛争理論のことを紹介していた。紛争理論とは、人々が対立していること=分断が可視化されることでようやく議論がはじまり、課題が前に進んでいく、というもの。だから「分断=悪」ではなく、それを踏まえた上でどう着地するのかが重要なのだと話していた。またその上で、現在よく使われる「分断社会」とは対立や立場の違いがある上で、それを乗り越えなくても良いと人々が居直ってしまっている状態を指している、とも。

この週末、國分功一郎さんがTwitterで「社会の分断が深まっている」という表現に違和感があると書いていた*1ので、それに対する応答のような側面もあったのだろうか。あるいは別の場所で、何かこの表現がトピックに挙がったのだろうか。それはわからないけれど、私はこの「居直ってしまっている状態」をもって分断という言葉を使ったり受け取ったりすることがデフォルトだったので、なるほどなあと思う。國分さんは”「分断」は政治の条件ですらある”と書いていた。

 

しかし私はこの週末、アメリカ大統領選を(実態に沿うよう、下品なのを承知で言うけれど)コンテンツとしてめちゃくちゃ楽しんでしまった実感がある。またトランプが勝つのか……と思っていた開票直後から、膠着状態、そしてバイデンの逆転劇へ。はらはらしたしドラマチックな展開だったし、その進捗を頻繁にチェックしていた。カマラ・ハリスのスピーチや、バイデンの妻のジル・バイデンが教職とファーストレディを両立しようとしているというニュースにも大いに勇気づけられた。

もちろん、アメリカという大国が誰の方を向いてどのように話すかは私たちの生活にも影響してくるから、まったく関係ないわけではない。でも、妙なお祭り気分で盛り上がってしまったことも事実。盛り上がったこと自体は良くも悪くもないけれど、単なるお祭りとして消費するのではなく、ここから現実の生活に落とし込んでいける思考とか、新たな課題について学んでいきたい。

現実の政治はむしろこれからが大変なのだと思うけれど、良い方向へ向かっていく予感がしている。たかが予感でも、それだけで十分気持ちが明るくなる。コロナもワクチンが開発されたというニュースが出ているし。

 

プールに向かうまでの道中で体が冷えたからか、入り口の検温で体温が低めに出た。これからの時期は検温の正確性も下がりそうだし、暖房をつけるので換気もしづらくなる。また、乾燥や気温の低下が感染症にどう影響するかもはっきりとはわかっていない。感染者数も再び増えているし、また警戒しないといけないなと思う。

*1:こちらこちらのツイート。連ツイなのだが、ツリーにはまとまっていないので興味がある方は國分さんのタイムラインで見てみてください。

ディスタンス[2020年11月6日(金)晴れ]

7時ごろ起きて、メールの確認や次の取材のための企画書、原稿の構成作り。10時からオンライン取材があって、はじめての媒体なので少し緊張している。9時半ごろからそわそわしはじめ、取材先の事前回答やこちらの質問項目を何度か見返した。

取材は無事に終了。今週はオンライン取材が2件あったのだけど、どちらもなんとなく対面よりも話題そのものに集中できた感覚があった。オンラインはリアルな人間の間や微妙な雰囲気が読みづらいやりにくさもあるのだけど、一方で、私はそうしたものに気を取られすぎて注意力が散漫になってしまうことがある。「この質問で相手がどう思うか/思ったか」「質問を書いたメモに目を落としている時間が長すぎると感じているのではないか」など、相手が自分のことをどう思っているかを頻繁に読み取ろうとしてしまったり、そこでネガティブな印象を与えたと感じたら突っ込んだ質問をする時に歯切れが悪くなったりする(体の大きな人、語気が強い人の場合は特に)。要するに自意識過剰なのだろう。同時に、相手と自分の身体がどれだけ関係に影響するかを考えもする。私のはただ臆病なだけだけど、圧迫感のある男性と仕事をしないといけない女性などの場合、物理的に空間が離れていることはかなり仕事のしやすさにつながっていそう。

ディスプレイ越しだと相手の微細な雰囲気が読み取れなくなるし、こちらも「見られている」という意識が希薄になって、質問すること、聞くことにより集中できる。なんだかんだでコロナでオンライン文化が急速に浸透して半年以上が経つ。やりづらさやデメリットに慣れてきたことで、新たな良い面が見えてきた。しかし、そもそも私が主にやっている取材では見られていることを意識する必要ってそんなにないので、対面でもこの「気にしなさ」をちゃんと発揮できるようになりたい。「気にする必要、特にないよな」という確かな実感が得られているので、今後は極端に気にしそうになった時にこのカードを切ることができると思う。それを繰り返していけば、きっと少しずつ普段の思考に馴染んでいくはず。

 

昼食は先日炊いたご飯の残りといなばのタイカレー缶。急いで食べつつ、アメリカの大統領選挙の状況を確認。開票当初から接戦続きではらはらしっぱなしで、ことあるごとに「大統領選」とSNSGoogleで調べてしまう。

はじまりの頃はトランプが勝つのかと思っていたが、今はバイデンが優勢。結果が判明するまでに時間がかかっているのは郵便投票が多いから。この郵便投票、もともと制度としてはあったそうなのだけどコロナの影響で利用者が急増したのらしい。ニッポン放送飯田浩司のOK! Cozy up!」、国際政治学者の高橋和夫さんの解説によれば、選挙に行きにくかった貧しい人たちが、郵送によって選挙に参加しやすくなった、ということがあるそう。

 

これまで、貧しい人は選挙に行きにくかったのです。投票所までの車を持っていない、あるいはレストランでウェイターをやっていると、投票に行くとその日のチップが得られなくなるから行けないというような人が多いのです。しかし、そういう人たちも郵送だと選挙に参加しやすい。
ニッポン放送NEWS ONLINE『新型コロナウイルスがバイデン氏の「追い風」になったワケ~アメリカ大統領選』

 

コロナへの危機意識から郵便投票を選ぶ人は、民主党支持が多いということもあるのだろうか。トランプ本人の言動からしても、支持者はあまり気にしてなさそうだし。しかしこうしたイレギュラーな制度によって選挙結果が左右されることで、より両者の対立が深刻になっている印象。

映画『なぜ君は総理大臣になれないのか』の小川淳也議員の発言「政治っていうのは、勝った51がどれだけ残りの49を背負うか」という言葉は以前も引用したけれど、この意味で言えばバイデンの方が49を背負う姿勢があるようにみえる。ただ、トランプを支持する人達にとってはそういう問題ではないのだろうな、とも思う。

トランプ、劣勢に立たされてからの言動がマンガや映画における悪役の断末魔を地でいくような感じになってしまっている。すでに暴力行為も出ているみたいだし(それは両陣営の支持者ともにだけど)。選挙結果が決まったらどうなるんだろう。ただ眺めていることしかできないが。

 

夕方まで取材依頼と原稿執筆。合間に、新しい仕事の依頼を受けたり、最近よく仕事をするようになった編集の方から来た飲みのお誘いに返信したり。11月は規模が大きい案件が2つ動いているほか、単発の原稿取材や執筆も相次いでいる。加えて、なぜか人からご飯に誘われることが多い。今週だけでも、東京に来ているという大阪在住の友人、数年連絡をとっていなかった大学の友人と会ってご飯に行ったし(どちらも誘われたのは数日前〜当日)、今日もこれからお世話になっている編集者の人たちと川崎まで中華を食べに行く。

夏頃は本当に仕事の依頼が少なかったし、人を誘って良いのかわからない雰囲気がずるずると続いていて、その中で疎遠になってしまった(ように感じる)人もいた。当時は、このままいろんな人や場所に忘れ去られていくんだな……と、悲観的というか、諦めることで心を穏やかに保っていたところがあったと今では思う。

一人でいるほうが落ち着くのは自分の性分だし、まるっきり夏の過ごし方が良くなかったとは思わないのだけど、ちょっと考え過ぎだったなと思う。文フリの告知をして、いろんな人から反応や「行きます」と言ってもらえたことも励みになった。文フリは会場が遠いし、誰も来てくれないのでは…と不安になっていたので、行きたいという気持ちを直接伝えてもらえたことは本当にうれしかった。滞留していたところに血が通いだしたような感覚がある。

 

川崎に18時集合なので、17時前に家を出た。空一面のひつじ雲に夕焼けが反射し、赤く染まっている。電車を乗り継ぐうちに日が暮れて、東京駅や品川あたりの夜景が澄んできれいだった。中華は本格四川料理の店で、見たことがないメニューもありつつ、どれもおいしかった。