ヌマ日記

想像力と実感/生活のほんの一部

空白[2022年5月10日(火)晴れ]

大変そうだった仕事の作業量が案外少なかったこと、今月下旬に予定されていた出張が来月になったことなどが重なり、だいぶゆとりのあるGW明け。GWの予定が立て込んでいて疲れたからほっとしているけど、暇ということは収入が減るということでもある。不安が胸の底から湧き上がってくる気配を感じるが、まあこの状況もそう長くは続かないだろう。以前より少しは楽観的でいられるようになった。

 

10時半からオンラインで打ち合わせをして、そのあと短い原稿を書く。そこまでやったら急ぎの仕事は終わってしまったので、仕事で必要な本を読み進め、U-NEXTで『マイ・プライベート・アイダホ』を見た。先日のカナイさんの展示でこの映画のワンシーンをモチーフにした作品があって、久しぶりに見返したくなったのだった。

以前にこの映画を見たのがいつだったか、もう忘れてしまっている。でも当時とはずいぶん受ける印象が違って、こんなにドリーミーな映像だったのかと(主に序盤)引き込まれながら見た。

繰り返される「4」の意味はなんなのだろう。リヴァー・フェニックス演じるマイクの赤いジャケットにもこの数字が刻まれているし、男娼として日銭を稼ぐマイクを買った男の誕生日、強盗の人数、フレンチフライのオーダー数など何度も何度もあらわれる。聖書では「自然」や「創造」を意味するようだけど、キリスト教に明るくないのでそれ以上のことがうまく読み取れない。

中盤、焚き火を囲みながらマイクがスコット(キアヌ・リーブス)に愛の告白をするシーンがある。このシーン、もともと脚本にあったわけではなくリヴァー・フェニックスが考案したものだそう。この告白があることで、その後の展開の痛切さがより鮮やかに映る。

色々とレビューを読んでいると、このことから「もともとマイクがゲイであるという設定はなかった」と書いているものを見かけるのだけど、その書き方は正確なのかな、と少し疑問に思う。告白をしたかどうかと、ゲイかどうか、マイクがスコットに愛情を抱いていたかどうかはまた別の話なのでは。そして仮にここで別のやりとりが交わされていても、マイクのスコットへの特別な思いはそれ以外のシーンから十分に読み取ることができたのではないか。私も正確な資料に当たっているわけではないから想像でしかないし、アドリブや演者のアイデアがふんだんに取り入れられた作品だから、この焚き火の会話をもとにダイナミックに他のシーンも書き換えられたのかもしれないけれど、でもそれがこの時代においては「秘められるもの」だったことは念頭に置いてみたほうが良いように思う。

 

映画では「死と復活」も重要なモチーフになっている。ストリートの若者から、中でもスコット(キアヌ・リーブス)からは本当の父のように慕われるボブの帰還(=復活)には祝祭的な騒々しさがあった。後半、スコットがストリートの男娼という立場から足を洗い、もともといた中産階級の家に戻ったあとでボブに言い放つ「以前の僕に戻る日まで近づくな」というセリフも含みがあり、家に戻って憎んでいた父の跡を継ぐこと=死、以前の僕に戻る=復活と位置付けることができそう。

突然眠ってしまい、次のシーンでは誰かの腕の中で目を覚ますマイクのナルコレプシーも、「死と復活」を暗示している。ただ、マイクはスコットと違って、それを自分で操ることができない。死と復活はマイクに装置としては埋め込まれていても、不良品的な、ちゃんと機能しないものである。

マイクにとって死は事故的に訪れるもので、彼はスコットのようにそれを復活と結びつけることができない。その結果、彼は死⇄復活のダイナミックな円環ではない、どこにも行けない閉塞的な円環の中を生きることになる。亡霊やゾンビ、幻影のようなもの。代表的なものが母親の存在で、マイクは蜃気楼のように遠ざかる母親の影を追って旅をすることになる。マイクと母親との関係性は死、つまり断ち切ることではなく未練が支配していて、それゆえに復活への可能性は閉ざされている。

こう考えると、スコットとの関係も母親との関係の相似と言えるのかもしれない。旅の途中で出会った女性と恋に落ちたスコットは「どこかで落ち合おう」と伝えてマイクの元を去る。表面的には関係の復活を予感させる言葉だが、状況を加味すれば希望と呼ぶには中途半端で、結局その後も二人が落ち合うことはない。死の儀式に失敗すれば復活の道は絶たれ、未練の中に閉じ込められることになる。

「この道は──どこまでも続く。たぶん世界をぐるっと回っているのだ」。そう言って、マイクはアイダホの路上に倒れる。その言葉が示すのは死と復活の円環であり、出口のない閉塞感なのだと思う。なんか書いてて悲しくなってきたな……本当は救いを見出したかったのだけど。

 

映画を見終えてまた仕事。Hさんから記事公開の連絡が来たので「今月ちょっと余裕あります!」と伝えて仕事をもらう。それと前後するタイミングで、文フリやキチジンでご挨拶していた編集の方から面白そうな取材の依頼も。少しは予定が入ってほっとした。

 

夕方からプールへ。5月に入ってからはじめて泳いだのだけど、なんとなく胸のあたりに違和感があって気持ちよく泳げず。いつもはしている耳栓を忘れてしまったことも原因だったかもしれない。久しぶりに耳栓をしないで泳ぐと、なんだか半分溺れているような気分で落ち着かなかった。

 

今日の新規陽性者数は4451人、現在の重症者数は9人、死者2人。