ヌマ日記

想像力と実感/生活のほんの一部

氷が水になるように力が抜けて[2022年12月6日(火)曇り]

しばらく全然日記が書けていなかった。理由はいくつかあって、まずはエッセイのような原稿を何本か書いていたので、自分自身の内側を見つめる作業をするだけの気力を日記にまわせなかったことが一つ。11月の終わりに妙に空気が生ぬるい日があったあと、裏切るように途端に寒くなったことについていけず、心身の調子が悪かったことが一つ。体調が悪いというのではないのだけど、1日に8〜10時間近く寝てしまって朝は起きられないし、頭がぼんやりして仕事にも身が入らなかった。

 

今朝も9時まで起きられず。私が布団から出られない間に恋人がシャワーを浴びていて、ああ、出遅れた、と思う。気持ちが焦っているのでシャワーは浴びずに仕事をはじめる。編集する原稿をざっと一読して、論点を頭の中で整理しながらコーヒーを淹れようとしたらペーパーフィルターを切らしていた。シャワーを浴びる、コーヒーを飲む。活動のスイッチを入れるための二つがどちらもできていない。雲行きが怪しいが、焦っているので諦めてとにかく仕事をしようとパソコンに向かう。

 

編集作業はどうにか予定通り午前中に終わらせることができた。お昼ご飯を外に食べに出かける。帰りにコンビニでコーヒーフィルターを探すも、予想していた通り台形のものしか売っていない。うちで使っているのは三角形のもので、このタイプは近所だと駅前のスーパーまで行かないとないのだった。真冬のような寒さのなかスーパーまで歩く元気がなく、コンビニでホットコーヒーのLサイズを買ってしのぐことにする。手をあたためながら家へ。

午後の仕事は1000字程度の短い原稿の執筆。頭がまわらなくて、言い回しや論理展開を作り込んでいくのが難しい。ぶかぶかの手袋をはめている時のようなもどかしさ。とりあえず取材の文字起こしから使いたい部分をコピペして、順番を入れ替えるなどしながらざっくり形を作っていった。今日はこれ以上は進められないと感じていた。

 

仕事が進まなくて唸っている間に宅配便がよく届く。寒いのでベッドで布団に下半身を埋めながら仕事をしているので、インターフォンが鳴るたびに布団から出なければならないのが小さくストレス。何度か届いたうち、最後に届いたのは恋人がどこかのふるさと納税で購入した冷凍の豚肉(しゃぶしゃぶ用)だった。

12月の期限に合わせたからなのか、今、我が家の冷凍庫は恋人が頼んだふるさと納税の食材でパンパンになっている。そんな中、大型のMacBook Proと同じくらいの化粧箱に入って届く豚肉。これ入るのか……と思いながら開封したら、質の良さそうな薄切りの肉が数枚ずつビニールシートに挟まれたものが10何セットか入っている。一つを手に取ると、シートは密閉されておらず、本当にただ挟まれているだけだった。これを冷凍庫できちんと保管するには、一つ一つをラップで包む必要があるのでは? そう理解した時、頭の中で何かが弾ける音がした。なんで、私が、そんなことしないといけないのか。一瞬窓を開けて投げ捨てようかと思った。豚肉も、冷凍庫の中身も全部。

ふるさと納税をうまく利用することに後ろめたさがある。高所得者がもっと得をするシステムという感じがする。高所得者といったって派手な暮らしをしたり老後安心できるほどの貯蓄があったりするような人ではなく、それなりに生活のことに頭を悩ませながら生きている人が、節税しながら? ちょっとおいしいものを食べられる仕組みでもあるはずなのだけど、ネガティブな印象をうまく塗り替えられない。だから自分では使わないけど、人が利用することに何か言おうとは思わない。それに制度を利用せず東京都に税金を払うのがいいのかもわからない。恋人が選んで頼むふるさと納税の食べ物はどれもおいしい。冷凍庫に食材があることは助かっている。助かってしまっている。文句を言うなら食べなければいいとか言われるかもしれないけど、そういうことじゃない。そういうことじゃないから、後ろめたさはあるけど、自分の中でなんとなくラインを設けてやり過ごしている。価値観は違うけど食の好みが重なるところがあって、その地点で円満に折り合いをつけている。だけどそれで冷凍庫がパンパンで、入るか心配している状況は明らかにラインをオーバーしていた。つらい。年末には母親から毎年恒例ののし餅が届くから、それまでにそのスペースも確保しないといけない。おいしいね、と言いながら食べるはずのものを、消費するみたいに食べないといけない状況が本当に本当に本当に本当に耐え難い。自分が下品で、ひどく馬鹿な存在になった気分になる。

 

ああああー、もおおおお、と実際に殺気立った声を出しながら、粛々と豚肉をラップに包んだ。それをジップロックの袋に小分けにして、空気を抜いてなるべく平たくなるようにする。冷凍庫を開けて、いくつかのものを入れ替えて収める。ギッチギチだけどなんとか入った。ぴったりと収まっている凍った豚肉を見たら力が抜けた。氷が水になるように、怒りが悲しみに変わる。なんでこんなことに気分を振り回されているんだろう、人から理解されなさそうなことでブチギレているんだろう……不安定すぎる。

勢いで恋人に送ってしまったLINEのメッセージはまだ未読だった。送信を取り消す。だけど自分が異様なほど感情的になった事実が消えるわけではない。

 

ただでさえ元気がなかったのに強烈な怒りに襲われたことで、完全にライフがゼロに。ずっと横たわってスマホを見ていた。部屋が真っ暗になった頃少し立ち直ってきて、明日も調子が回復しなかったらまずいからと、編集部から戻ってきた原稿の修正作業などを進める。

 

恋人帰宅。気を遣われる。LINEは送信取り消しの履歴が残ってしまうので、そのことについてメッセージで問われ、「こういうことを書いてつい送ってしまったが、あなたに感情をぶつけるのは違うと反省して取り消しました」と返信していたのだった。恋人の出身地のふるさと納税で買った冷凍餃子を出して焼いてくれて、冷凍庫に少し余裕ができる。

食卓を囲みながら、明日は鍋にして豚肉を使おう、と落ち着いて話す。もう怒りたくはないけど冷静にしているのも変な感じで、自分がよくわからない。私は一度脱力してもう感情は凪いでいるはずなのに辛いものを無性に欲していて、豆皿の醤油にたくさん輪切りの鷹の爪を浮かべた。ストレス解消に辛いものを食べたくなったのは久しぶりだった。

明日はもう少し良い日であってほしい。