ヌマ日記

想像力と実感/生活のほんの一部

もういいのかもしれない[2022年11月20日(日)曇りのち雨]

9時半くらいに恋人と一緒に家を出て、駅前のパン屋へ。カレーパンとソーセージパンをイートインスペースで食べる。文フリの日はいつも慌ただしさと緊張で食事どころではなく、食べられてもおにぎりを急いで口に放り込むような感じ。食べるのが遅くなってもいいように、カロリーがありそうなものをさっと食べた。ちょっとゆっくりしていくという恋人と別れ、駅前のコンビニでさらにおにぎり2つを買ってから、流通センター駅を目指す。

 

電車の中ではK-POPをよく聴いていた。今来日しているSHINeeのKEYの『Gasoline』、それからTWICE、T-ARAなど、昨日のパク・サンヨンさんとのトークイベントで名前が挙がったアイドルの曲。

サンヨンさんは『大都会の愛し方』の執筆中、TWICEの「What is Love?」をよく聴いていたという(質問タイムで参加していた方がそう言っていた。ちなみに質問は「『大都会の愛し方』執筆中はWhat is Love?をよく聴いていたそうですが、最近よく聴いているのは?」で、サンヨンさんは「今はあまりK-POPは聞かなくて、ドビュッシーの月の光とかを聴いているよ」と言っていた。振れ幅!)。『大都会の愛し方』は誰かを愛して、その日々を失って、さみしさを抱えながらも人生は終わってくれない、続いていく……そんな小説なのだけど、主人公のヨンの心境を思いながらこの曲を聴くとあまりにもマッチしていて、聴きながら泣きそうになってしまう。「What is Love?」は曲調の明るさから恋に恋するような甘い世界観をイメージしていたのだけど、具体的な喪失について思いを巡らせながら聴くとこんなにきらきらと切実に響くのか。モノレールに乗りながら繰り返し再生した。

 

流通センター駅で下車。今日売る新刊が詰まった大きな荷物を持った人たちについてホームに降りたとたん、一人の女性と目が合った。bundleのぼくいずみさんだった。meiさんも一緒で、今日は二人で出展するらしい。ぼくいずみさんに日記本の感想を伝えられる。日記にはぼくいずみさんも出てくるのだけど、まさに「偶然会うことが多い」というようなことを書いていて、そして今日またばったり会ったのだった。がんばりましょうなどと言い合いながら駅でいったん別れ、それぞれに会場へ。

 

今日の出展はタバブックスのブース。ランバーロール編集部の安永さんが先にいらしていて、少し話していると宮川さん、そして初の小説集『フェアな関係』を先行販売する兼桝さんが到着する。みんなで協力してブースの設営。

自分で出展する時は売る品数も少ないし、飾り付けもシンプルなものだったので5分もあれば設営ができていた。しかし今日のタバブックスブースは長机一つに4〜5人が立つし、新刊もたくさん。動線や配置を考えないと、本をきちんと並べられない。事前に宮川さんが描いてくれた図を参照しながら、各々の売り場を作っていく。なんだかんだで直前までバタバタとブースを調整していた。

 

文フリ恒例、「開場します」のアナウンスとそれに続く拍手でスタート。はじまってすぐ、兼桝さんの本と『仕事文脈』の新刊を買っていかれた方がいたので、山本ぽてとさんのポッドキャストを聞いた方だろうか……などと思う。

タバブックスのブースでは先行販売の新刊がたくさんあるし、そもそも文フリは同人誌の即売会のイベントなので、発売から3週間が経ち、書店などでも手に入る私の本は大して売れなかろうとゆるい気持ちで立っていた。なのだけど、蓋を開けてみるとけっこういろんな人が来てくれた。昨日のパク・サンヨンさんのイベントにも来てくださった方も何人かいらして、お手紙とお菓子をくださった方もいた。感激し、カバンに大事にしまう。今すぐ読みたい気もしたけど、読んだら泣くかもと思ったし、楽しみは取っておきたいタイプなのだった。

買いに来てくれた人の半分くらいは、文フリやZINEがきっかけで知り合った/仲良くなった人たちだった。中には「文フリで買おう」と思ってくれていたのだろう人たちもいて、なんかぐっとくる。特に普段からやりとりをするわけではないけど文フリでは会う関係、というのがある。書店で買えるとはいえ、そういう人に手に取ってもらうならやっぱり流通センターだよね、と思った。

 

他にもいろいろなことがあった(Evernoteの見せない日記にだけ書く。たくさん書いた)。12時から17時までの時間があっという間に過ぎる。終了まであと30分を切って、持ってきたぶんすべてを売り切ることはできなそうだなあと思って、そのことに少し悔しさを感じている自分に気づく。(文フリ基準での)新刊じゃないしとか、ここの主役は出版社の本じゃなくてZINEなどの個人が製作している本だしとか最初は思っていたのに、いつの間にか手に取ってほしい気持ちが上回っていた。

今度はまたZINEを作って、個人で出したいなあと思う。どんなものになるかは全然イメージできていないけれど。先日のtwililightでの宮崎智之さんとのトークでも話したけど、別に一度出版したらそのあとはずっと商業ベースで出さなければいけないわけでもないし、何かいいアイデアがあればZINEにしていきたい。今度は誰かとの共著も作ってみたいな。

 

浜松町で宮川さん、兼桝さんとご飯を食べて帰宅。もらったお手紙を読んでじーんとし、恋人に今日あったことを話す。「2日ともイベントで疲れたんじゃない? 明日からの仕事大丈夫?」と聞かれたけれど、全然疲れていなかった。むしろ2日とも本を読んでくれている人と直接会って話すことができて、たくさん元気をもらっていた。

自分がやらなくてもいいんじゃないかと少し前から思っていたいくつかの仕事から、手を引くことはできないだろうか。そんなことをふと、だけど真剣に考えはじめる。

安定した収入元ではあるし、義理もあるからとずっと引き受けていたけれど、取られる時間が案外多いし、これを続けているうちは次の場所へは行けない気がしていた。繰り返しの引力は強いから、少しくらいブレイクスルーしたところでルーティンを続けていればまたもとに戻ってしまう。そして私はすぐに現状維持が身の丈に合っているなどと思ってしまう。新しいことをするのに必要なエネルギーをためておく容器に、穴でもあいているんだろう。

だけど今日は穴からこぼれるよりも前に、容器の上の縁からあふれるような気持ちだった。舵を切るなら今なのかもしれない。もう先へ進んでもいいのかもしれない。そう思えるだけの力が満ちていた。