ヌマ日記

想像力と実感/生活のほんの一部

まっすぐなものへの抵抗[2022年8月3日(水)晴れ]

朝食に梅干し納豆ご飯を食べながら、今日も暑そうだなと思う。よりによってこんな酷暑の日に昼から取材が2件入っている……取材自体はどちらも楽しみなのだけど。

 

午前中に仕事の本を読み進め、合間に昨日から追っているSNSでのトランスヘイトのことを調べる。色々とその都度個別の問題が起こっているのだけど、いつも余波として同じような偏見や差別が再生産されるのが本当にひどくて見ていられない。

SNSで繰り返されているのは「トランスジェンダー女性の権利保障が進んで、性自認に基づく自己申告で性別を決められるようになれば、男性でも女子トイレや共同浴場を利用できるようになるのではないか。女性の安全が脅かされるのではないか」というもの。

背景には、男性からの性被害やその懸念があると考えられる。その不安はとても切実なもので、それ自体として真剣に取り組むべき問題だと思う。ただ、そこで必要になるのは性犯罪を行う人への対策であって、トランスジェンダー女性全体を敵視することじゃない。もしトランスジェンダーを騙って性犯罪が行われるならそれは属性の「悪用」なわけで、トランスジェンダーにとっても、その他の女性にとっても対処すべき問題のはず。トランスジェンダー女性対その他の女性という対立構造を生み出す枠組み自体が間違っている。特定の属性と危険性を結びつけた語り方は差別的だしヘイトだ。

 

トランスジェンダーを差別しているのではなく、トランスジェンダリズムを批判しているだけ」という意見をみることもある。「トランスジェンダリズム」は「性自認に基づいて自分の性別を自由に決めることができる」思想や運動と説明されている。これだけ見ると良さそうだしもともとはそうだったはずなのだけど、最近のインターネットでは「自由に」の部分を「恣意的に」と読み替えて差別的な文脈で使われていることが多い印象(それこそ「心は女性だ」と言えば女湯に入れるようになってしまう、みたいな)。本来の言葉の意味の通りに使用している場合もあるので一概には言えないけど、SNSなどではこの言葉を使っている主張があれば一度注意して批判的に読んでみるほうがいいと思う。

こうした主張は「性自認で線引きをすると、これまで獲得してきた女性の権利や安全が壊れてしまう。だから身体的性で線を引くべき」という主張へと接続される。もしかすると、この主張は明快で、ゆえに説得力を持つと感じることがあるかもしれない。でも、果たして本当にそうなのか。わかりやすい線引きがすべてなのか。むしろ当事者はこうした外部から引かれたわかりやすさの中に身を置くことができなくて、さまざまな葛藤を抱えながら日々を生きているんじゃないか。わかりやすいラインからこぼれ落ちる、状況ごとの複雑さの中にこそ、リアルな人がいるんじゃないのか。

たとえばトイレについて、性別移行の段階に応じてだれでもトイレを利用する場合もあるし、トランス女性が女性トイレを、トランス男性が男性トイレを利用する場合もある。「ただ使いたい方を使う」という単純な話ではなくて、トラブルに巻き込まれないほうを状況に応じて選択しているはずだ。この判断は合理的でもある。出生時の性や身体の形状、戸籍上の性で利用するトイレを決めた場合、性別移行が進んだトランス男性でも女性トイレを利用しないといけなくなるといった事態が生じ、かえってリスクが高まってしまう。

公衆浴場では身体の形状によって判断される場合が多いようだけど、そもそも当事者がなるべくトラブルに巻き込まれないように行動していることを考えれば、「自分は心は女なんだから女湯に入れないのは差別だ」といった訴えをするのはまずないというか、トランスジェンダーの権利を認めた際に想定されるリスクとして喧伝されるには一般的ではないと判断できる*1。同時に、「性自認は女性/男性だからどんな場でもそう扱え」と声高に主張するトランスジェンダーのイメージが現実的ではないこともわかるだろう(マイノリティはいつも理想と現実の狭間で生きている)。

差別的な主張で恐れられているものと、実態がずれていると感じる。トランスジェンダーの人たちが現実に直面している生きづらさや、権利を求める声が届いていない、あるいは後回しにされているように見える。不安や恐怖があるのかもしれないけど、その感覚をトランスジェンダーの排除につなげないでほしい。

 

そして当事者が複雑な現実を生きているのと同様、公共の場や公平性を求められる場でもさまざまな議論がなされている。たとえばスポーツ。オリンピックでは2015年から、トランスジェンダー女性が出場する場合、性別適合手術を受けていなくても、男性ホルモンの代表とされるテストステロン値が基準を下回れば女性として出場できるようになった。21年の東京五輪では、重量挙げで基準をクリアしたニュージーランドの選手が性別を変更した選手としてはじめて五輪に出場している。

一方で、テストステロン値を基準として設けたことで先天的に数値が高い女性選手が出場できなくなるケースもある(こういった事例をみると、性自認と生物学的な性の交差により生まれる複雑さを「男か女か」という一本の線で分けるのはかなり難しいというか、本来線など引けるものではないのではないかという気がしてくる)。こうした問題を抱えながら、なるべくすべての人の権利を守るための議論が重ねられている。そんな中で「性自認ではなく出生時の性で/身体的特徴で分けろ」と安易に主張するのは、試行錯誤の蓄積や、よりよい方向を目指す可能性をないことにしてしまっている点でも違和感がある。

具体的な線引きを考える時に、何かを排除して済ませてはいけない。単純化しようとする動きに、正しそうな顔でまっすぐ何かを振り下ろすものに抵抗する必要がある。

 

正午過ぎに家を出る。天気予報では37度となっており、玄関から出た途端くらくらする暑さ。少し歩いただけで汗が止まらず、シャツの下で幾筋かの汗が流れるのがわかった。移動中、ビヨンセの新譜『RENAISSANCE』を聴く。先週リリースされてからよく聴いていて、解説記事などを読んではより好きになっている。「HEAT」で使われている単語に障害者差別的な意味合いがあると指摘されたり、「ENERGY」でケリスから無断でサンプリングしたと批難されていたり、トラブルが多いのは気になるけど……ただ見ていて印象に残るのは、とにかくそのスピード感。問題視されてから数日で、単語やサンプリング部分を削除するなどの対応がなされている。

 

アルバムには曲間がなく、DJミックスのように16曲がシームレスにつながっている構成。この作品はゲイで、エイズによって亡くなった甥のアンクル・ジョニーに捧げたもので、もともと黒人やクィアが生み出したダンスミュージックへのリスペクト、そのルーツが彼らのコミュニティにあることを取り戻す、復権=RENAISSANCEを掲げているそう。

実際、「ALIEN SUPERSTAR」の「Category:Bad Bitch」というリリックなんてまさにボールカルチャーで、聴いて即『POSE』で見た光景が頭をよぎったし、「PURE/HONEY」ではボールルームカルチャーの伝説的パフォーマーの声をサンプリングしている。ラストを飾る「SUMMER RENAISSENE」の大胆な引用もまさに……サマーってそのサマーでもあるのね、とはじめて聴いたときは感動した。

それから、「COZY」ではプログレスプライドフラッグ(虹の6色にトランスジェンダーをあらわす白、ピンク、水色、人種的マイノリティーをあらわす茶色と黒を含めた旗)の色を歌詞に織り込んでいる。こうした例をみると、一つの旗にすべてを織り込むのって大事なんだなと思う。同性愛者だけどトランスジェンダーを差別したり人種差別をするなら、それはフラッグを引き裂く行為になる。

きっとこれから公開されるミュージックビデオでも、クィアパフォーマーを起用したものになるのでは。というかなってほしい。

 

死にそうな日差しの下で「ALIEN SUPERSTAR」を聴きながら『POSE』のことを思い出す。シーズン2の最終話直前の「真夏の夜の夢」も、うんざりするような暑さの日のエピソードだった。家族を失い、さらにネイルサロンが火事に遭って落ち込むブランカを励ますために、エレクトラがエンジェル、ルルと一緒にビーチでバカンスしようと連れ出す話。そこでの出逢いと、信じて受け止められた経験が、ブランカをたしかに再生させていく。

現在日本ではFOXチャンネルで最終シーズンとなるシーズン3が放送されているけど、見られないので配信待ちの状態。秋か冬にはどこかで配信されるだろうか。どのサービスでも加入して見たいけど、布教したいしなるべくメジャーなサービスで配信してほしい……。

そして思うのは、マイノリティの生を描きエンパワメントする作品の数々に、私はとても勇気づけられている。定期的にポリコレでエンタメがつまらなくなるという意見を目にするけど、その人たちにはそうかもしれなくても私にはまったく違う景色が見えている。つまらないとか面白いとかではなく、それ以上のものを受け取っている。

 

2件の取材を終え、夕方からプールへ。今週行けていなかったので半ば無理して行ったのだけど、バテていていつものように泳げなかった。入る前に塩分を補給したほうがよかったのかもしれない。気持ちいい冷たさを期待していた水温もなんだかぬるく、かと思えば細いビニールホースで水が注ぎ込まれている近くは冷たすぎた。暖流と寒流がぶつかるところってこういう感じなんだろうか。のろのろと泳ぎながら遠くの海のことを想像していた。

 

今日の新規陽性者数は38940人、現在の重症者数は35人、死者12人。