ヌマ日記

想像力と実感/生活のほんの一部

凪いでいた空気が[2022年7月10日(日)晴れ]

恋人を起こさぬようにベッドを抜け出て、朝のうちに2日分の日記を書いた。お腹が痛くて、朝ごはんは食べずに様子見。アイスコーヒーも控えておく。それでも頭はすっきりしていて、日記は比較的すんなり書けた。

 

今週は恋人が出張などでいない日が続き、自分一人のためにご飯を作る気になれず自炊をサボっていた。何か作りたいと思うも、サボっていたのであまり食材がない。冷蔵庫の余り物を駆使し、トマトツナそうめん、なすと玉ねぎのみそ汁を作って食べた。お腹の調子が悪いのであたたかいみそ汁がおいしい。

食後は二人で投票へ。今週は涼しい日が続いていたけど、今日は日差しが強くて暑い。日陰のある道を選びながら投票所へ向かう。投票所は心なしか混んでいて、待ち時間こそなかったものの記入台がほとんど埋まっていた。すでに決めていた候補者の名前を、念のため間違わないように確認しながら記入する。

選挙の日はSNSでいろんな人が投票済証をアップしている。色んなデザインがあるようなので私もほしいなと思っていたのだけど、今回もどこでもらえばいいのかよくわからなかった。恋人と「あれほしいよね」「せっかくだから看板の写真だけでも撮りたい」「看板あったー。インスタにアップしよ」などと言いつつ投票所を後にする。

 

スーパーで買い物。少し前は全体的に野菜が高く質も良くなかったのだけど、今日の野菜は価格が少し下がって鮮度もいいような。ほっとしつつトマト、ピーマン、きゅうり、とうもろこしなどを買う。夏らしい。帰ってきて、家ではルシア・ベルリン『すべての年、すべての月』を最後まで読む。読みはじめたのはけっこう前だけど、仕事で別の本を読まなければいけなかったり、定期的にやってくる文章が読めないモードが訪れてしまったりしてなかなか進んでいなかった。残り3分の2ほどを集中して読む。

一瞬が永遠に思えるような情景描写、さりげないのに急所を突く会話に引き込まれる。すぱっと切られた果物の断面のような鮮やかさと精巧さがある。薄い皮の内側に細い繊維が重なって実のかたちをしていて、中央に硬い種が留められていて、繊維の隙間から汁が滲み出るような。その鮮やかさと精巧さは小説にあるというより、世界の側にあるものがただ現れている感じ。

 

読み終えて、続けていつか買っていたリチャード・ブローティガン『西瓜糖の日々』、そのあと川端康成『少年』を読む。なんのつながりもない読書だけど、そうやって今、ここ、から離れていたかった。そしてとにかく文章を欲していた。しばらく読めていなかった反動なのか、ごくごく水を飲むように、意味を取りこぼしながら読んでしまう。夕立が降る乾いた庭ってこういう感じなんだろうか。ひび割れた土が泡立つ泥になり、地表は氾濫しながらゆっくり深いところへ浸透していく。

部屋は静かで暑くも寒くもなく、時間がゆっくり流れている。空気が凪いでいた。久しぶりにこんな過不足のない、完璧な時間を過ごしていると思った。そのことに興奮している私だけが過剰で、そうして自分の小ささを感じるのが快かった。

20時になって選挙の結果が出れば、この完璧さもやがて崩れていくだろう。現実を突きつけられて落ち込むとわかっている直前に、こんな気分になるのが不思議だった。

炊飯器が鳴って、とうもろこしご飯が炊き上がる。酒をふりかけてかき混ぜ蒸らす。みそ汁を温め直しながら、トマトとピーマンと豚肉をオイスターソースで炒める。食卓に並べると恋人がテレビの選挙特番をつける。テレビ特有の賑やかさとその裏側に張り付いた殺伐としたものがなだれ込んできて、凪いでいた空気が乱れていく。

 

今日の新規陽性者数は9482人、現在の重症者数は10人、死者1人。