ヌマ日記

想像力と実感/生活のほんの一部

時間の蓄積[2022年6月26日(日)晴れ](前編)

今日は千葉市美術館で植本一子さんの展示を見て、夕方から有明小沢健二のライブという情報量多めの一日。しかも猛暑。昨日の時点で着ていこうと決めていたシャツがあったのだけど、いざ袖を通してみるとしっくりこず、恋人を巻き込んでああでもないこうでもないと色々試す。結局なんだか無難な格好に落ち着いた。

 

2時間ほどかけて電車で千葉へ。向かう途中、恋人と「展示のワークシート、なに書こうか」と話し合う。今回の展示『あの日のことおぼえてる?』は参加型のプロジェクトで、一人で来た参加者は一人で、誰かと来ていたら複数人で、「あの日のことおぼえてる?と聞かれたら、何を思い出しますか」という質問からはじまるワークシートを記入していく。それから撮影ブースに入ってセルフタイマーで写真を撮り、その写真とワークシートを提出する、というもの。今日は植本さんと鳥羽和久さんのトークイベントがあって混雑が予想されるので、イベント参加者には事前にシートのpdfが送られてきていた。

あの日のこと覚えてる? そう聞かれて、ぱっと思い浮かんだのはとても書けないできごとだった。恋人も「つらいことがけっこう思い浮かぶな」と言っていたので、おそらく同じことを思い浮かべていたのだろう。

負けずに暮らしていける方法を二人で考えながらやってきたので、重要な体験ではある。でもここに書くべきこととは思えなかったので、他に何かないか案を出し合う。はじめて二人で会った時のこと、旅行……こんなに共通の記憶がたくさんあったのか。どれも忘れていたわけではなかったけど、こうして記憶を確かめ合うことはなかったので新鮮だったし、みょうに生々しく緊張する体験でもあった。私にとって大切な記憶が、相手にとっても大切とは限らないのだし。わかったつもりでいる相手が、知らない一人の人間であるということを感じていた。

あれこれと記憶を探り、最終的に今の家の契約をした時の話を書くことに落ち着く。できごとを決めてからはどんなことがあったか、その時にどう感じていたかなどを書いていくのだけど、二人それぞれに強く印象に残っていることが違ったり、認識にずれがあったりした。その記憶のすり合わせは、「あの日のこと」を立体的に、奥行きのあるものにしていくような体験だった。

 

千葉駅は改札の中がとても充実している。レストランで恋人は冷やし中華を、私はトマトのパスタを食べ、モノレールに乗って千葉市美術館へ向かう。以前に来た時は冬で、駅から歩いたのだけど、今日は少しでも太陽の下にいる時間を短くしたい。暑すぎる。
美術館に着いたら展示室に向かい、飾られている他の人の写真やワークシートを見て、自分たちのシートを記入。それから撮影ブースに入って二人で写真を撮る。どんなふうに写ろうか、何か特別なことをしようか? 考えたけど、もともと写真が得意ではないこともあって大したアイデアも思いつかず、ただ横並びになって撮った。

できあがった写真を見て、見たことがある構図だなと思う。ありふれているというのではなくて、二人に馴染みのある構図。旅行に行った先で写真を撮る時、私たちはよくこうやって横並びで写っているのだった。なんの芸もなくフレームに収まったら、いつもの私たちが写った。写真を貼り付け提出。

 

14時から植本さんと鳥羽和久さんのトークイベント。前半は鳥羽さんが聞き手兼展示の体験者代表のような感じで感想を伝えたり質問したりしていて、今回の展示が生まれた経緯やワークシートの質問項目へのこだわりなど、いろいろなお話を聞くことができた。

ワークシートには「みなさんの関係にオリジナルの名前をつけるとしたら?」という質問がある。鳥羽さんがこの質問項目に言及した時、植本さんは家族、夫婦といった既成の言葉が誰かを取りこぼしてしまうことへの違和感を話していた。聞きながら、(あっ、さっき元気よく「家族!」とか書いて出しちゃった)と思う。ただまあ、これはシートにはなんとなく書かないでいたことだけど、同性カップルって結婚もできないし「家族」であることが社会的に認められていない感覚があるので、自分達であえて言っていかないと永遠に阻害されたままになってしまうと感じているのだ。含まれていない、と感じるからこそオリジナルの関係としてその言葉を(ためらいつつも)書いた気がするし、「!」にはそれを自分たちの関係として掴み取るために必要な勢いがあらわれているように思う。実感をともなった後付け、みたいな話だけれど。

 

他には、「他人を書くことに諦めがある」といい、ツイートに至るまでがフィクションだという鳥羽さんと、フィクションが書けず、でも何かを書けばどうしても自分から見たその人、というフィクションになると逡巡する植本さんの話など。自分も普段から仕事や日記で誰かのことを書いているので、自分に引き寄せながら聞いていた。

90分のトークイベントが終わり、席を立とうと荷物をペットボトルをカバンにしまっていると前から「あ!」と声がする。見上げると、知り合いの編集者のBさんが立っていた。Bさんとは先日も別の写真展で偶然一緒になっていて、ばったり会う率が高い。そそくさとエレベーターホールに向かっていた恋人を呼び止め、紹介しつつ少し立ち話。「小沼さんの日記読んでたので実物に会えてうれしいです」的なことを言われていて、二人が話しているのを見ながら書くことの影響、責任のような言葉がぼんやりと頭に浮かんでいた。

 

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長くなってしまうので、26日の日記は前後編に分けることにした。後編、オザケンのライブについてはこちら