ヌマ日記

想像力と実感/生活のほんの一部

そういうもの?[2021年9月18日(土)雨]

11時から取材1件。今作っている特集の一企画で数人にインタビューをするのだけど、その最初の取材。色々といい話を聞けて、企画段階で考えていた懸念が一つ解消された。動き出してみるとかたちが具体的になり、心配事が解消されるというのはよくある。

 

お昼は恋人が先日行っておいしかったという商店街の安い寿司屋に行ってみる。回転寿司ではないけど価格帯はそれと同じか、むしろ安いくらい。回転レーンがなく店も広くないことで省コストを実現しているのだろうか。10貫999円のお昼のセットを食べる。色々食べられたし、そこまでお腹が空いていたわけでもないのでちょうどよかった。

恋人はどこかに出かけ、私は同じ商店街にある床屋で散髪。髪を切っている最中、眠くてほとんど目を閉じていたのだけど、一度目を開けたタイミングで美容師のOさんが話しかけてくる。「今日くらい雨降ってると、そういうしっかりした靴が良いっすよね」。そうなんですよ、と返す。今日はメレルのMOAB2だった。ハイキングなどでも使える防水性の高いスニーカーで、私はだいたいひどい雨の日にだけ履いている。

また目を閉じて、カットが終わったら洗髪、ブロウ、そしてセット。床屋とか美容室のセットはどうしてかいつもしっくりこず、過剰な感じにされてしまう。翌日以降に自分でセットするとわりと思った通りになるから、カットがおかしいわけではないし、当日だけ「そういうもの」として過ごせばいいだけなので、特に問題はないのだけど。でも、そうして自分でセットしたものはプロがみるとどこかおかしかったりするのだろうか。

 

家に帰ってきて、WIRED最新号の「NEW COMMONS コモンズと合意形成の未来」を読む。しかし台風による低気圧の影響なのか信じられないくらい体が重く、何も頭に入ってこない。それでもベッドの上に座って壁に背をもたれながら文字を追っていたのだけど、気づいたらその姿勢のまま寝ていた。時計を見ると3時48分。さっき時計を見た時は2時前だったから、1時間弱寝ていたのだろうか。もっと長く寝た気もするし、一瞬だった気もして、不思議な感じ。そして寝たからと言って体が楽になった感じはまったくしない。コンタクトレンズが乾いていて、応急処置として目薬をさす。

 

17時から皮膚科。終わってから外でオムライス。昼も夜も外食をしたのはかなり久しぶりかもしれない。帰り道、少し足を伸ばして雨の中輸入食品の店へ行く。今度仕事でクラフトビールのブルワリーを取材するのだけど、そのリサーチをしていたら興味がわいて、色々と飲んでみたくなった。この輸入食品の店にはクラフトビールコーナーがあるのだ。しかしいざ見てみるとどれを買えばいいか全然わからず、気になったものは一本1000円近くして、最初にこれを飲むのはちょっと気が引ける。結局、家に先日コンビニで買った「僕ビール、君ビール。」(「よなよなエール」などを作っているヤッホーブルーイングのクラフトビール)があるし、まあまた今度来ればいいやと思って、何も買わずに出てしまった。

 

家に帰って一人でビールを飲む。台風の日に飲むビールをいつもよりおいしいと感じるのは湿度のせいだろうか。もともとの体調の悪さと酔いのせいで何もやる気が起きず、ただだらだらと過ごす。自民党総裁選の件で、岸田文雄前政調会長が同性婚を「認める段階に至っていない」と話したというニュースを見て嫌な気持ちになる。不寛容な態度を示されることは正直慣れてしまっているので(慣れすぎてもいけないのかもしれないけど、いちいち傷ついていられない)ダメージは少ない。嫌なのは、「認める」かどうかを自分たちが決めるものだと思っている特権性やその構造について、多くの人がこれまで批判してきたはずで、そうした積み上げてきたものが何一つ届いていないこと。

「議論はあっていい」とも語ったそうだけど、そもそも現状どんな議論があるかを知らない(あるいは知らないと思われてしまうほど、自分の発言に反映する気がない)人は聞く耳を持たなそうだし、何も言っていないに等しいだろう。

かといって、じゃあ同性婚夫婦別姓に前向きな他の候補者が良いかと言われるとそういうことでもなく、良いように使われている居心地の悪さもある。選挙権はないけど、あったとしても誰にも入れたくないと思う。

 

23時からETVで岸政彦編集の『東京の生活史』のドキュメンタリー「私の欠片と、東京の断片」を見たかったのだけど、今見ても集中できない気がした。録画もしているので、明日見る。

今日はEvernoteにつけている簡易的な日記も書けなくて、明日2日分をまとめて書こうと思う。最近、こういう日が多い。忙しくて時間がとれないというのとも違って、Evernoteの日記に心が向かない。一応書くことは書くのだけど、その日起きたことや感じたことを思い出すと心が痛く感じられて、ひどい景色を薄目で見てやり過ごすような気分になっている。そんなにひどいことが毎日起こっているわけでもないのに、どうしてだろう。そしてEvernoteの日記にそうやって走り書きをするのはひどくつらいのに、なぜかこのブログのためにより詳細に書く日記だと大丈夫で、むしろ落ち着くくらいなのだ。その原因や仕組みがまったくわからない。何か自分にとっての書く意味が変わってきているのだろうか。

 

今日の新規陽性者数は862人、現在の重症者数は177人、死者20人。最近は死者が多い。今週は12日の日曜日から順に21人、12人、14人、20人、24人、25人。新規養成者数も重症者数も減ってきているのに、その波の動きと比例せず死者数が増えるのはどういう理屈なんだろう。