ヌマ日記

想像力と実感/生活のほんの一部

心地よさ[2021年8月14日(土)雨]

今日は病院の日。7時ごろ目が覚めて、出かける準備をするにはまだ早いので、ソファに移動して上野千鶴子×鈴木涼美『往復書簡 限界から始まる』。雨音が聞こえて、夏の終わりのように涼しい。太陽がなくて部屋が薄暗く、kindleの輝度を少し落とした。明るくしたほうが目にはいいのかもしれないと一瞬思ったけど、どちらかというと薄暗い部屋になじんでいたい気持ちがあった。

 

『限界から始まる』は一番最初の鈴木さんの手紙から、正直な葛藤が吐露されていて引き込まれる。

 

“今の学生たちが表現したいのは、私たちも愚かだとか、私たちも強いとか、私たちも得していたという視点ではなく、被害者であることを恐れない態度の方のような気がしました”

“被害者というレッテルから、取り急ぎ脱出口を探すような遊びは、女性たちの運動に水を差し、被害の再生産をしてしまうものかもしれないという不安が常にあります”

“私たちそんなにやられっぱなしじゃなかったじゃん、とか、私たちも相当バカやってるじゃん、とか、旨味にかまけてきたじゃん、とかいう態度は女性を傷つけるのでしょうか”

 

この鈴木さんの問いに対して上野さんは「被害者を名のることは、弱さの証ではなく、強さの証」と返す。そして、その応答として「被害を受けた女性の愚かさを指摘する気はまったくないが、自分が被害者になる権利はないという考えから自由になったことはない」とする鈴木さんに、別の手紙でこう書く。

 

“迂回路をたどるのはおやめなさい。他人のことを心配する前に、あなたはあなた自身の「尊厳」を守るべきなのだし、あなたに「向けられる刃物」に耐える必要なんてないのです。(中略)ご自分の傷に向き合いなさい。痛いものは痛い、とおっしゃい。ひとの尊厳はそこから始まります。自分に正直であること、自分をごまかさないこと。その自分の経験や感覚を信じ尊重できない人間が、他人の経験や感覚を信じ尊重できるわけがないのです”

 

あまり正確に重なるわけではないのだけど、自分にも被害者(マイノリティと言い換えたほうがしっくりくるけど、持つ意味はここでは遠くないと思う)であることを回避したがる癖があるから、この箇所はかなりどきっとした。

それを引き受けた人を見るたびに、弱さでできることなどではないことを強く実感する。そういう人の背中を見て、少しずつそうした態度をとることを学んできたつもりではあるのだけど、根本的なところまで変われてはいないと感じている。権利を主張する時、自分の尊厳を守らなくてはならない時ほど、「自分に甘いだけじゃないか?」「都合の良い主張をしていないか?」という問いが無限に反響して足元がぐらついてしまう。きっと強い人というのは、その問いを適切に反響させながら、自他に対して倫理的に主張できる人のことを言うのだろう。私はそうして主張を始めると行き過ぎてしまうのではないかという不安が強くて、きちんとそのバルブを開放することができない。

その問いは自分だけに向けるもので、被害を主張している他人に向くことはない、向けないようにしたいと思っている。あるいは、向けたと同時に打ち消したいと思っている。でも、自他の境界はそんなに明確ではなく、滲んで干渉しあうものだし、自分の中に他人を発見したり、他人の中に自分を見出したりすることもよくある。そうして切先が簡単に滑るのであれば、「自分に向けているだけだから」というのは、人を傷つけないことを意味しないだろう。

 

そんなことを考えながら読み進める。男女論の本はゲイである自分には理解できる部分と実感がなさすぎて距離がある部分が混ざっているから、後者の部分を男同士の関係に置き換えながら。たいてい女性の立場に対してわかる、と思う。

 

「Over The Sun」の最新回を、昨日の途中から再生して病院へ。新宿で乗り換えて小田急線で代々木上原。今回のメールテーマは「妄想(と、今までで一番おいしかった食べ物)」だったのだけど、54歳独身男性の「夫は一つ上の翻訳家で、彼の作った夕飯を食べたあとはNetflixでアジアンドキュメンタリーズを見る。二人の間に入り込むのはオッドアイの猫のショーマだ」みたいな妄想が3分かけて丁寧に読み上げられるのを聴いて、電車の中で笑いをこらえながら静かに少し感動していた。特にセクシュアリティへのエクスキューズなしで扱われる心地よさ。けっこうゲイのリスナーからの投稿も多いし、私のまわりで聞いている人が多いのもさもありなんという感じ。

散々耽美な妄想を繰り広げたあとで「好きな食べ物は桃です」とかいきなり食べ物の話に展開するのも面白すぎた。皆さんの妄想を評してスーさんが「みんな性欲があるよ」と感服するのにも笑う。

 

前回の診察では「根治手術をするか考えておいてください」と言われていた。やはり手術をお願いしますと伝え、日程を調整する。5月の対処療法的な手術がカジュアルだったこと、根治手術は入院が必要だと思っていたら日帰りで済むと言われたことなどから軽く見ていたのだけど、手術前に内視鏡検査をしないといけなかったり、その検査の前や手術の後には食べるものにけっこう気を使わないといけなかったり、なんか思っていたよりハードそう。げんなりしながら、内視鏡検査の前日の食べ物や下剤の飲み方などについて説明を受ける。肝心の手術自体の説明は、この検査の日にしますとのこと。

 

こうした検査の説明などがあったため、いつもよりも時間がかかってしまった。駅のKALDIで何かテンション上がるものを買って帰ろうと思っていたのだけど、ざっと全体を見て特に何も買わずに出てしまった。家に帰って仕事をしたかったので、気持ちが焦っていたのだと思う。

帰宅してタスクを2つほどこなし、お昼は恋人が作ってくれた冷麺。午後も少し仕事。アイデア出しの仕事の時は手を動かしながらの方が良いものが浮かぶので、考えながらトイレと風呂を掃除。それから11月の文学フリマに申し込む。しかし先着の600ブースはすでに埋まっていて、応募多数の場合は抽選。かなり油断してた……今文フリに向けて新しいZINEを作っているところなのだけど、落選したらどうしようかな。

 

疲れてきたので気分転換に近所の薬局に出かける。傘をささなくてもギリギリ大丈夫な天気だけど、全国的に降り続く大雨のことを少し考える。

Kneippのバスソルトとフェイスマスクを購入。フェイスマスクなんて人生のうち片手で数えるほどしか使ったことがないけど、薬局で見かけた「ルルルン オーガニック」に惹かれた。気持ちよくて香りが良いもので自分を労りたい気持ちがあった。別に何か大変なことがあったわけでもないけど、そうやってケアする方法があるということを体感したかったのかもしれない。

 

豆腐の賞味期限が切れていたので夕飯は麻婆豆腐。食後は風呂を沸かして、久しぶりにじっくり湯船に浸かった。上がったら、買ったばかりのフェイスマスクを冷蔵庫から取り出し、顔に広げる。スッキリした香りで、冷たくて気持ちがいい。

 

今日の新規陽性者数は5094人、現在の重症者数は245人、死者0人。明日は終戦記念日