ヌマ日記

想像力と実感/生活のほんの一部

■[2021年8月8日(日)雨のち晴れ]

3時ごろ、激しい雨の音で目が覚める。ベランダの排水溝がごぼごぼと音を立てていて、このまま部屋が浸水するイメージが頭をよぎる。だけど体がとにかく重くて起き上がれず、不安になりながらも見ることはせずまた眠った。

 

目が覚めると8時。一応どうにか起き上がれたものの、体がだるい。起きたばかりなのにひどく疲れていて、頭痛もする。台風が来ているからだろうか。シャワーを浴びればましになるかと思うも大して良くはならず、ロキソニンを飲んで頭痛をごまかす。

少し仕事して、9時からワクチン接種の予約。杉並区はワクチン供給でトラブルがあってすべての予約が停止していたのだけど、今日から2回めの接種者優先で予約を再開していたのだった。しかしその予約方法はコールセンターへの電話のみ。9時ちょうどから電話をかけはじめるも、案の定まったくつながらない。履歴にあるコールセンターの番号を機械的にタップし続ける。

30分ほど経ってもいっこうにつながらず、電話番号の後ろに表示されている発信回数を示す数字が(190)を超えたあたりで、過去の発着信履歴が下から一つずつ消えていることに気づく。知らなかったのだけど、どうやらiPhoneの発着信履歴は200件しか残らないらしい。そうしてあっという間に数字が(200)になって、履歴にはコールセンターの電話番号しか表示されなくなった。その他の履歴が消えてしまう感じが、繋がらない電話をかけ続けることで消えた時間と重なるような気がして苛立つ。

履歴は200件しか残らないので画面には変化がなくなったけれど、それでもつながることはない。まず杉並区のコールセンターにつながるのが100回に1回くらいで、そこからナビダイヤルに従って進むと、「ただいま回線が混み合っています」と音声が流れて自動的に切れてしまう。この2段構えの構造、非常に心が折れる。っていうか、なんで使いやすい予約サイトがあるのにこんな15年前のチケット争奪戦みたいなことしなきゃいけないんだ……。

結局オペレーターにつながったのは10時半だった。ワクチンそのものはまだ余裕があるのか予約枠は自由に選ぶことができたので、とにかくコールセンターの回線が細すぎるだけのよう。百歩譲って、余裕のある数を確保しているならその旨をサイト上に記載しておくとかしてほしかった。予約し損ねた人からクレームが入るのを回避しているのかもしれないけど、なんだか真面目に朝から電話したのが馬鹿みたいでもある。1回めの接種からちょうど3週間後の日程を予約できたので、一安心ではあるのだけど。

 

私が予約をしている間に恋人が桃とクリームチーズのパンを作ってくれていて、それを食べる。自分ではまず作らない感じの洒落た朝食(褒めている)。「この状況でどこにも出かけられないから、せめて食事でQOLを上げたい」のだそう。桃がみずみずしく、甘すぎないのがよかった。

 

すぐに仕事を再開したかったのだけど、ワクチン争奪戦を終えて気が抜けるとともに、耐えられないほどの体のだるさが戻ってくる。1時間ほど寝て、起きたらお昼ご飯にツナトマトそうめん。それからようやく原稿に着手。本当は午前中から進めたかったのに、思った以上に遅れてしまった。そして頭が全然働かなくて、作業ペースはいつもの半分以下だし、原稿も納得いくものが書けない。組み立て方のわからない部品がばらばらに散らばっていて、どうにか合わせてみるのだけど、そもそも重要なパーツが足りていない気がする、みたいな感覚。あと、人への返信も滞りがち。かと思えば、インスタで友人のストーリーに突発的にリアクションしてみたり、明らかに挙動が安定していないと感じる。

 

この体のだるさと思考力の低下は気圧とひどい話が多すぎることが原因だと思うのだけど、体感的には出張の疲れがずっと継続しているように感じている。原因は入れ替わっているはずなのにそれを実感できないから、風がなく淀んだ場所にとどまっているようで焦る。私はこれまで、気分が落ちていても体が動けないほどだるいのが続くことはほとんどなかったから(そしてどうにか動いているうちに気が紛れることも多かった)、どっちも元気がない今は打つ手なし、という感じ。こうなるともう嵐が、というか低気圧が過ぎ去るのを待つしかないのだろうけど、待つしかない状態に慣れていなくて妙に悲観的になってしまう。

 

あまりにもきつい話が多くて、どうにもならなくなっているのも事実だ。先日の小田急線車内で起きた刺傷事件について調べていて、「幸せそうな女性を見ると殺してやりたいと思うようになった」といった発言を読む限り、フェミサイド、女性が女性であるというだけで狙われた事件だと思う。

属性によって誰かが被害を受ける時、そこには社会に偏在する空気が大きく影響する。個人の暴走に見える行為でも、その多くは透明な糸で社会とつながっている。私たちはその透明な糸の可動域を点検し、傷つける軌道を描くなら断ち切り、安全な軌道に付け替えなくてはいけない。そしてそれは機械的にできるものではないから、その問題について、そして問題の背景について、確かな情報で考えないといけない。

……と、言葉を走らせたあと、こんなの何かを言っているようで何も言えていない、と思う。無力さに引き戻される。同様の事件は過去にもあったのではないかと考える。2016年に起きたソウル・江南駅の事件を想起する人も多いだろうけど、それ以外にも私が認識できていないだけでたくさんあったのではないか。そして、メディアが紋切り型に容疑者の発言を「誰でもよかった」と報じるのを見ていると、容疑者も、取調べを行っている検察も、メディアも、全員が無自覚で、紐づけられないまま根底に女性蔑視があった事件というのは、たくさんあったのではないか。

気づいたからこそ声を上げて、これまで以上に事態をしっかり見定めなければいけない、というのはわかる。でも、考えてる人たちばかりが常に考えているし、自分はまだ十分じゃないと感じている人でも、それぞれの生活の範囲でできることを多分していて、それでもこういう深くて暗い落とし穴に落ちるみたいなことがまだ起きるのかと思うと、やっぱりどうしたらいいんだろう。打ちのめされている。この状況に一番傷ついているのは当事者の女性たちだと思うし、周囲の人間がナイーブになりすぎるのはどうなんだと思うけど、この事件単体というより、ジョージ・フロイド事件とか、今年に入ってからのアメリカでのアジア系ヘイトとか、トランスジェンダーへの暴力とか、2016年のフロリダで起きたゲイナイトクラブでの銃乱射事件とか、津久井やまゆり園の事件とか、そういうの全然なくならないじゃんと思って絶望的な気分になってくる。それぞれ個別に、丁寧に語るべきもので、すべてを一列に並べるのは雑かもしれないけど……。

 

思考力が低下して、混乱している。悪条件が重なっている。今は自分の中の風向きが変わるのを待つしかないのかもしれない。

 

20時からオリンピックの閉会式。流し見していたけど、開会式よりもその笑顔や祝祭的な空気がグロテスクなもののように思えて気持ち悪くなって、選手入場の途中で見るのをやめた。きっとどうせまた都合よく「多様性」が称揚されるのだろう。現実の差別やトラブルはなに一つ解消されないまま。

 

今日の新規陽性者数は4066人、現在の重症者数は151人、死者1人。