ヌマ日記

想像力と実感/生活のほんの一部

揚げ物/失点[2021年7月25日(日)晴れ]

昨日の夜、Mがオンライン飲みに誘ってくれて3時頃まで話していたので、今朝は少し起きたのが遅め。4連休最終日で、今日もよく晴れている。午前中に一件原稿の編集作業。小休憩でリビングへお茶を汲みに行った時、恋人に「今日、夕飯揚げ物にしようかな」と言ってみる。恋人は喜び、私も自分で言いながらアドレナリンが出るのを感じる。暑い夏の盛りに熱い揚げ物をする、これが俺のスポーツや! という気持ち。テンションを上げたい。

 

近所のタイ料理店で昼食を摂り、スーパーで買い物。ごぼう衣の唐揚げを作ることに決めて、土付きのごぼう鶏もも肉。他にはアイスコーヒー、キャノーラ油、炭酸水など液体系を大量に買ったので、トートバッグがずしりと重い。でも頭の中で重量を計算してみると5〜6キロくらいで、意外とそんなにでもなかった。重さを肩に感じながら坂道を下り、この4連休は一度も自分の街から出なかったと思う。それは暑さのせいであり、感染があきらかに拡大しているからでもある。医療体制のひっ迫具合を見ると出かける気がしなくなってしまう。医療従事者の方に負担をかけたくないという気持ちと、このままいくともしかかったときにちゃんと治療を受けられるかわからないという恐怖が半々くらい。

 

帰ってきて、今日中に読んでしまいたかった石沢麻依『貝に続く場所にて』。読み始めた時から感じていたけどあまり世界観に入り込めず、なかなかページが進まなかった。ただ、それでありながら妙に心に残る小説で、シンボリックな惑星の比喩や重層的な時間の連なりといった断片的な物語の景色には、間違いなく触れたと感じる。そういう手触りのたしかさが言葉から立ち上る感じがあった。時間を置いてまた読みたい。

 

次の本を読みはじめたかったのだけど、なんだか気が乗らずだらだらしてしまった。インスタを開くとみんなけっこうオリンピックを見ている。私の仲のいい人たちやTwitterでフォローしている人は軒並み反対派、もしくは全面的には賛成していないけれど部分的に楽しんでいる(普段から応援していた選手の試合は見るなど)という人が多いのだけど、インスタではこれまでオリンピックについて特に何も言っていなかった人が楽しんでいる印象。SNSに投稿する意見がその人のすべてではないから(私も最近はほとんど投稿していないから、何にも言及していない人に見えると思うし)、これだけで判断するのはよくないと思うのだけど、なんとなく虚しい気持ちになってしまった。私もいくつか興味がある競技はあるけど、ちょっと見る気分になれない。やたらと日本選手のメダル獲得のニュースが速報で届くのも、なんとも言えない気分になる。

「選手を応援することと運営や政府を批判することは同時にできる」と言うような意見を見かけるようになってきて、たしかにそうかもしれないけど、本当にそうなんだろうかと揺れる。この大会に賭けてきた人のことを否定したくないしその思いを尊重したいけど、でもそう言い切るほど肯定するのは、自分には難しい。私は、その二つは両立しないんじゃないかと思う。ただ、一人の人間の胸の内で、矛盾しながら共存することはある。両立するか、矛盾していないかといった基準で考えようとすると、こぼれ落ちてしまうものがあるように思う。

 

そうやって悶々とネットの海を漂っていると、終わりのない壁打ちをしているようだと感じることがある。それは画面の向こうにいる相手のことを読み取ろうとしているようで、自分の思考の轍をたどっているだけだからだろう。しかもこの壁打ちが厄介なのはボールが無限に増殖していくことで、対処するにはやみくもにラケットを振り続けるしかない。そんなのすべて打ち返せるはずもないのに、ボールを落とせば律儀に失点だと感じてしまう。

ここ最近、SNSを見ている時間が長くなっていて、それが憂鬱を肥大化させていると思う。情報を拾いつつも、適切な距離をとらなければ。対面で人と会う機会を作りにくいから難しいけど、本当に必要なのは安心して意見を交わせる誰かと話すことだ。壁打ちじゃなくて、試合でもなくて、ラリーやキャッチボールのようなもの。一人でSNSを見ていて3つの意見を読んだらボールが3つになってしまう(ことがある)けど、3人で話すときは一つのボールをみんなで投げ合える。相手に向かってボールを投げようとすることが、思考のかたちやテンポを変えていく。その中で、変えられない部分に気づくこともある。

昨日の夜のオンライン飲みはそういう体験だったと思い返す。オリンピック開会式の辞任・解任騒動について2時間近く話していたと思うけど、議論の余地なく許されないことと明言する人、思想や発言と素晴らしい音楽を作る能力をもっと分けて評価すべきと言う人、小山田圭吾のいじめがあった時代の空気感を自分の体験とともに語る人、最終的な判断は保留しながら思索を多くの言葉で語る人、それぞれのスタンスがあって、その背景にはそれぞれの生きてきた歴史が浮かび上がる。それを聞きながら、自分の考え方を点検したり、死角があったことに気づいたり、心に浮かんだことを話してみたりした。

 

ずっと冷房の効いた部屋にいたのに脱水症状のような感じがあって、何か塩気のあるものを欲している。ちょうどいいものがなく、麦茶を2杯飲んで、アルフォートに塩を振って2枚食べた。体がだるいので念のため体温を測るが平熱で、症状としてもコロナではないと思うけど少し緊張する。短い時間横になる。

夕飯を作るのが面倒になっていたのだけど、やりはじめればやってよかったと思えるはずと言い聞かせて重い腰を上げる。まずみそ汁と、レタス、トマト、きゅうりのサラダを作る。ナスを塩もみしてみょうがと大葉を散らしたものを冷蔵庫で冷やしておく。それからごぼうをささがきにして水にさらし、水気を切ったら一口大に切った鶏肉と混ぜて下味をつける。15分置いたら卵と小麦粉で衣をつけて、フライパンで揚げていく。油の表面がジュワッと泡立つのが見ていて心地いい。1日では食べきれない量を揚げ、できたてを食べる。

 

食べると少し体が元気になった気がして、気持ちも上向いた。だけどしばらくするとまた体が重くなってきて、ポカリスエット的なものが飲みたいと思う。家から一番近い自販機まで出かけて、ポカリがなかったのでグリーンダカラを買った。家の前の公園には若者たちがたくさんたむろしていて、それはもう見慣れた光景になっている。

 

今日の新規陽性者数は1763人、現在の重症者数は72人、死者0人。テレビで台風のニュースを見る。