ヌマ日記

想像力と実感/生活のほんの一部

代々木上原の病院[2021年5月21日(金)雨時々曇り]

10時半から代々木上原の病院へ。数週間前からお尻のあたりに違和感があって、座る体勢によって鋭い痛みが走った。最初は痔を疑ったのだけど、トイレの時に痛むこともないし、触ってみた感じも何もない。なんだかよくわからないけど、座るときに気をつけさえすれば特に生活に支障はないので、あまり気にしないようにしていた。

それが、木曜日くらいから急に違和感が大きくなってきていた。肛門のすぐ横のあたりが腫れていて、ニキビのように中に膿がたまっている感じ。ネットで症状を検索して、なんとなくこれではないか、というものを見つける。いろんな街にある肛門科の先生がやっているブログや、学会の専門的な解説がヒットするが、どれを呼んでも「基本的に手術」と書いてあった。手術って一度も経験がないのでかなり焦って、とりあえず急いで病院を予約する。

最初は家から徒歩圏内の病院を検討したけれど、グーグルのレビューに「先生は明るいが、がさつ」と書いてあったので、候補から外す。先生ががさつな肛門科は、できれば避けたい。少し調べるうちに代々木上原に評価の高い病院があるのを見つけ、明日の空いている一番早い時間を予約した。

 

昨日の夜はスマホで病気について延々調べて、すごく気分が落ち込んでいた。体験談を色々と読んでいたのだが、だいたいみんな術中・術後のすさまじい痛みについて書いている。それから、最初の手術は膿を出すための応急処置的なもので比較的すぐに終わる。ただし根治のためには入院が必要で、そこでの手術はさらに痛い、みたいなことも書いてあって本当に憂鬱。

不安なことがあると、とりつかれたようにその情報を調べてしまうのはなんなんだろう。別のことを考えたほうがいいとわかっているのにやめられない。安心できる情報を探しているようで、楽観的な情報に触れると「それはこの人のケースだから」と無意識に退けている自分がいる。最悪の軌道をシミュレーションすることには、なんらかの中毒性があるように思う。

 

待合室で体温を計ると37度。家を出る前に計った時は36度だったので、いきなり上がっている。この体温計が高めに出るのだろうか。それとも、昨日調べた記事の多くが症状の一つに「38〜39度の発熱」と書いてあったので、それが私の体にも起こりはじめたのだろうか。不安になりつつ、午前の回を予約してよかった、と思う。

10分遅れで番号を呼ばれ、診察室に入って症状を話す。さっそく診察台に横になり、ズボンと下着を脱いで先生にお尻を見せる。どういう姿勢で見せるんだろうと思っていたのだけど、体を横向きにしてズボンと下着を後ろだけ下げるようなかたちだったので、前は露出せずに済んだ。

触診ののち器具を入れて内部を診察し、「あー、膿がたまってますね」と先生。診断の結果はやはり私があたりをつけていた肛門周囲膿瘍という病気で、時間があるなら今日このあとすぐ手術をしましょう、と言われる。即日手術は体験談でも読んでいたことで、「今日のは応急処置で、大半がその後入院手術が必要になります」と言われた内容も含めて予想はできていたのだけど、いざ言われるとけっこう動揺した。

 

ちなみに、肛門周囲膿瘍がどんな病気かいったん整理すると、その名の通り肛門の周囲に膿がたまって化膿してしまう病気。この膿は自然になくなることはなく、また薬でも治療できないので、外側から患部を切り開く手術をして膿を出す。膿をしっかり出し切るため患部は縫合しないので、治癒するまでの数週間は傷口から血や膿が出続ける。
そしてこの手術だけでは肛門〜膿のたまっていた場所〜切り開かれた患部をつなぐトンネルを塞ぐことはできず、そのままにしているとまたこのトンネルに菌が入り込むなどして再発してしまう。このトンネルができている状態が痔ろうで、これを根治するには入院手術が必要、ということらしい(参考)。

すっごいがさつな説明をすると、お尻の穴がふたつになってしまう病気なのだ。すごくつらい。と同時に、すごく面白い。頭が混乱する。

 

とりあえず、準備が整うまで待合室に戻って待機。メールをチェックしたら週明け校了の雑誌の原稿の修正依頼が2つ届いていて、編集者の人に電話とメールで事情を説明。恥ずかしいので病名は言わず、「でも多分たいしたことないんで夜とか明日には対応できると思います!」みたいなことを言ったりしてはぐらかした。

大がかりなものではないことはわかっているけれど、いかんせん生まれてはじめての手術なので「手術」という言葉自体にテンションが上がってしまっている。緊張もしているし、部位が部位なので恥ずかしいやら面白いやらで、いろんな気分が入り混じって高揚しているようだった。

 

それから名前を呼ばれて、血液検査のための採血→着替え→鎮静剤の点滴と続く。着替えは上はそのままで、下だけしっかりした紙製のハーフパンツに着替える。ハーフパンツはお尻のところに穴が空いている。といっても丸見えではなくて、イメージで言うと男性用の前開きのトランクスを前後ろ逆に履いているような感じだろうか。ああいう感じで布が重なり合っているので普通にしていれば見えないが、布をかき分けると部位が露出して、パンツを履いたまま施術ができるという仕組み。

手首あたりの静脈に、鎮静剤*1の針を注射。「手術台に横になってから点滴をはじめるので、すぐ眠くなるということはないので安心してくださいね」と言われ、そのまま点滴のポールをがらがらと引いて手術室へ。

 

手術台にうつぶせになって、「いきなり手術で大変だと思いますけど、がんばってくださいね〜」と先生。そこまでは覚えているのだけど、次の瞬間にはもう回復室のベッドだった。鎮静剤がめちゃくちゃ効いたのか、聞いていたような局所麻酔や手術の痛みは一切感じなかった。というか、手術の記憶がまったくなくて、本当に終わったのかどうかさえわからない。時計を見ると12時過ぎで、30分ほどは経過しているよう。

看護師さんが様子を見に来たので、「手術って終わったんですか」と聞く。まだ鎮静剤の効果があるようで、頭がぼんやりする。終わりましたよ、と言われ、なんだか拍子抜け。スマホを持ってきていたので、ツイッターに手術のことを書き込む。肛門の病気である、ということは隠して「気になることがあって病院へ行ったらいきなり手術になった」という、ひどく物騒な書き方をする。さすがにものものしすぎるかと思ったけど、「肛門」「痔の一種」というワードが出ただけでおもしろ路線になっちゃう、というか自らそっちに寄せていってあとあとしんどくなる気がした(おどけたり笑われたりするのには元気が要る)ので、わざと情報を伏せました。それなりに大変だったから今は笑われるより優しくされたかった……心配してくれた方ありがとうございます……。

 

まあしかし、患部が肛門だから面白いみたいなのも一種の偏見(それは自分の中にも根強くある)なのであまりそれを再強化したくないな、とは思う。実際、体験談を見ていても「かなりつらいのに『言うても痔でしょ?』と言われたり、半笑いで反応されたりするのがきつい」という記述があったし。ただ、当事者になってみると積極的におどけることで乗り切りたいような気持ちもあって、複雑な感情の中で重心が行ったり来たりする。いずれはコミカルな要素だけを抽出し、飲みの席での鉄板トークにしてやるぜというやましい気持ちも正直ある……。

1時間ほど横になって、看護師さんが呼んでくれたタイミングで起きて着替える。先生に術中の写真を見せられ、手術のことや今後のこと、薬のことなどを説明される。ひとまず明日また経過観察のため来院することに。下の階にある薬局で薬をもらう。

 

原稿の修正もしないといけないし、まっすぐ帰宅。代々木上原のあたりは『大豆田とわ子と三人の元夫』のロケ地としても多く使われていて、エンディングの「Presence I」で八作(松田龍平)がアンニュイな表情で歩いている道は小田急線の車窓からも見えたりする(上原と八幡の間あたり)。

このエリア、街もどこか余裕があるし人もみんなシュッとしていて(ラフなんだけど自分に似合った洋服や眼鏡を身につけていて、自転車のボディが細い)、けっこうドラマの世界観そのまま。その余裕ある雰囲気と自分の病気のギャップに自己肯定感が下がりそうになるのだけど、「お尻の穴が二つになった●●(本名)」と脳内で伊藤沙莉にナレーションを入れてもらい、気分を盛り上げる。先のことを考えると不安もあるのだけど、まあなるようにしかならない。

 

帰ってからも患部の痛みはなし。麻酔が効いているのかと思っていたけど、切れてから〜この日記を書いている2日後の現在まで痛みをほとんど感じていない。先生の手術が上手だったのか、私が発熱や本格的な痛みが起こる前に動けたのがよかったのか、患部が比較的浅いところにあったのが幸いしたのかなど、原因はわからない。ただ、体験談の多くが激しい痛みを訴えていたので胸をなでおろしている。病名で検索してこのブログを読んでいる人、私みたいに痛くないケースもあります!

とりあえず急ぎの仕事をやって、あとは安静に過ごした。

*1:ちなみに、私は鎮静剤+局所麻酔だったのだけど、局所麻酔だけで行うケースも多そう。先生が痛みに配慮したクリニックだったので、鎮静剤を提案してくれた