ヌマ日記

想像力と実感/生活のほんの一部

荻窪/NIKEの広告/べーじゃが[2020年12月1日(火)曇り]

久しぶりに早起きに成功し、8時から原稿を一本編集。そのあと企画書の作成など。お昼は先日作っておいたきのこのソテーをそろそろ食べ切らなくてはと思い、ツナ缶とあわせてパスタにした。

木曜日までは取材もないし、仕事も急ぎのものはないのでかなりゆっくりしている。今日も日中のうちに仕事を終えて、夕方から荻窪の本屋Titleへ行く。最近は紀伊国屋書店などの大型書店と自分の住んでいる街の本屋にしか行っていなかったので、他の書店でどんな本が並んでいるのかを調べるため。別の用事とあわせて渋谷のSPBSにも行きたかったが、電車を乗り継いで移動するのは少し憚られ、最寄駅から一本で行ける荻窪にする。電車が空いていてほっとした。

 

Titleは駅から少し離れたところにあり、冬らしい締まった寒さの中を歩く。陽が暮れかかった中、大きな道路沿いを歩いていると、スピードを出して走る自転車が私を後ろから追い抜いていく。駅とは反対方面なので、みんな家に帰るのだろうか。みんなけっこうスピードを出していて、薄暮れの視界の悪さもあいまって少し怖いと思う。ただ、そんな中でも不思議と自転車の人たちから焦ったような空気は感じられなくて穏やか。それがこの街の生活のテンポなのだろうと思われた。荻窪の生活感はいいなあ。人はけっこう多いけど空気にゆとりがあって、私が住んでいる街とは明らかに時間の流れ方が違う気がする。

Titleをしばらく物色して、岸本佐知子『死ぬまでに行きたい海』その他数冊を購入。レジでブックカバーをかけてもらっているとき、「1月に岸本さんの写真展をやるので、よかったら来てください」と言われる。話しかけられると思っていなかったので「へえ」と間抜けな返事をすると、「謎企画ですけどね」と笑っていた。たしかに謎。声をかけてくれたのは店主の辻山さんだから、写真展の企画にも携わっているのではと思うのだけど、そんな人が「謎企画」といって笑っていることがなんとなく良かった。

 

帰りの電車の中では、話題になっていたNIKEのCMをようやく見る。

人を巻き込む力強い広告だなと思った。子どもたちを主役にしているところが特に。子どもは無垢なイメージがあるし、自分自身にできることがまだ少ないから、社会からの影響を大きく受けやすい。もちろん、子どもを取り巻く実情を反映している点もたくさんあるのではないかと思うのだけど、多くの人がこの広告を見て感情的になった要因の一つは、主役が子どもだったからではないかな、という気もする(嫌味な見方でしょうか)。

私はそうした作為性を感じると無意識に距離を取ろうとしてしまうので(その感覚に気づけず、理念が先走って賞賛してしまうこともあるけど)もし事前情報なしに見たとして、これを絶賛したかはちょっとわからない。まあ、これだけ様々な批評や論考がなされたあとで素朴に第一印象を語ることはほぼ不可能だとは思うのだけど……。

 

この広告は発表された直後はぶわっと称賛が広がり、そのあとでNIKEのこれまでの企業としての姿勢=宮下公園の路上生活者排除に関わっていたこと*1とか、ウイグル人を強制労働させていると思われる中国の工場と取引があること*2などが言及されて、企業への全面的な肯定を保留する態度が浸透していった。

それぞれを見てみると、注目度が大きくて消費を促進することにつながる多様性は称揚し、それ以外は不可視化する、という姿勢だ。ベースにはゴリゴリの資本主義があって、そう考えるとたしかにちょっと鼻白んでしまう。でも、こうしたメッセージが発信されない、あるいは発信されていても注目されることがない社会においては、力のある存在がメッセージを発信していくことは大切だし、それをもとに私たちが「自分はどうか」「他の企業はどうか」と考えていくことが可能になるとも思う。広告だから利益にならないことはそりゃやらないだろうけど、でも自分の利益以上の社会的責任を負って打ち出そうとしているとも思う。

別に一部を肯定しながら一部を否定することはできるので、これによってNIKEは良いとかダメだとか決めないようにしたい。実際に自分が購入するかどうかも、積極的に買うことはないかもしれないけど、買わないわけじゃない、くらいの感じ。

 

今回の件、「炎上」という言葉が使われるのを目にしたけれどそれほど単純ではないような気がしている。私としては、炎上は「それダメでしょ」を全力で突きつける人が多い印象なのだけど、今回は「人種主義にNOを打ち出したのは最高、でもそれと企業を全肯定するのは、広告のポジティブさに飲み込まれるのは別の話」という複合的な意見を言う人が多かった。その複雑さを抱えた議論は、これまでのSNSの単一的になりがちな議論から大きく前進したものに見えた。いろんな意見が出たことで、評価が二転三転するのではなく複雑化していったのは良いなと思った。

結果的に私たちが企業倫理や、自分たちにできることを考える大きなきっかけになったように思う。NIKEが狙ってやったわけではないと思うし、「結果的にそうなった」という言い方も、「社会的な論争を巻き起こすところまで現代アート」みたいな物言いと同じだからしないけれど。NIKE側は想定していた以上に大きなものを背負わされる形になったと思うけど、社会的責任をかなり意識して動いているように見えるので、この次にどういうアクションを起こすのかは見ていきたい。つまりこの先で、資本主義的であったり広告的であったりしないかたちでどのようなメッセージを発するのか。*3

 

帰ってからは『文藝』を読み進める。19時半頃、恋人から帰るとLINE。いつもはもっと遅いので夕飯の準備をしておらず、いそいで着手する。今日は土井善晴先生の「べーじゃが」。じゃがいもは皮を剥かないでいいとなると途端に扱いが楽になる。30分近く煮るので時間はかかるが、手間はかからない。じゃがいもとブロックのベーコンだけと材料もシンプルだし、これは定期的に作るレパートリーになるかも。

レシピでは新じゃがを使っていたが、この季節は売っていないので普通の男爵いもを半分に切って使う。じゃがいもが大きすぎるかと思ったが、レシピの分量通りに作ると表面にしっかり味が絡むので、大きめのほうが口の中に入れたとき、調和がとれると感じた。

*1:これは2010年のこと。ただ、予定していた宮下公園の「宮下ナイキパーク」への名称変更を取り下げるなど、一度は関わったが撤回し、方針転換をしているように思う。命名の撤回後、どこまで関わっていたのかは追いきれていないのだけど、そのあと、2015年に三井不動産が宮下公園再開発の事業者になってからはNIKEは完全に手を引いている?模様。現在のミヤシタパークにもNIKEは出店していない。参照したのはこちら

*2:こちらの記事を参照。しかしこれはNIKEだけの話ではなくて、アップル、サムスンユニクロなど、日常生活にかなり根ざした企業ばかりで、ちょっとどうしようもできない気持ちになってしまう

*3:私のこの雑感はあくまでリベラルな人たちの感想やリアクションを見てのことでしかなく、「日本に差別はない」みたいなことを言う人たちのことや、彼らよる「炎上」については触れていない。そのへんも含めた射程の広い論考は、ケイン樹里安さんが現代ビジネスに寄稿した記事にまとめられていた。わかりやすくて、そしてその上で私たちがこの問題をどう次につなげるかを問い直してくる記事です。ダイバーシティ・マネジメントの話もうーむとなる