ヌマ日記

想像力と実感/生活のほんの一部

想像もしていなかった選択肢が増えるということ[2020年8月5日(水)晴れ]

昨日早めに寝たので6時半に目が覚めた。シャワーを浴びて、7時から仕事。文字起こしをして、その原稿を執筆。昼には書き終え、日曜に作ったキーマカレーの残りを食べながら企画のリサーチ。煮詰まってきたので、散歩を兼ねてスーパーへ夕飯の買い出しに行く。梅雨が明けて、すっかり夏だ。日射しが強くて、少し歩いただけでマスクの下の口元に汗をかいているのがわかる。

夕飯は豚キムチに決めた。明日の夜は打ち合わせで慌ただしいので、作り置きできるものにしたかった。玉ねぎ、ニラなどをかごに放り込みながら、野菜が高いなと思う。冷夏の影響だろうか。梅雨も明けたし、この先いつも通りになっていくといいけど。

 

帰宅後、再び企画のリサーチ。夕方前に終わって、編集の人に送付。今晩はなんとなく晩酌をしたい気がして、コンビニにお酒を買いに行く。久しぶりに「男梅サワー」を買った。エコバッグを忘れてきてしまったので、手に持って帰る。家に着く頃にはよく冷えた缶が結露して、手が濡れていた。細かな水滴に覆われた缶を見ながら、なんかちょっと新しい夏の感じ方だなと思う。

 

日が暮れるくらいまで『文藝』を読んで、それから夕飯を作る。

支度しながら「Marriage for all Japan」のオンライン配信を見ていた。現在、同性婚を認めないことは憲法違反ではないかという主張をもとに、同性婚の実現を目指すための訴訟が行われていて、全国5カ所の地方裁判所で同性カップルの方々が国を提訴している。今日はそのうちの一つである札幌地裁で、原告や証人が話をする「尋問」が行われる日だった。

尋問の様子や語られた内容は動画のアーカイブ松岡宗嗣さんのレポートなどで詳しく知れると思うので、以下は私の雑感。

理事の松中権さんを司会に、実際に原告として法廷に立った皆さんや弁護団の方々に今日の様子をうかがっていく。原告の方の話を聞いていると、裁判所の人たちが真摯に耳を傾けてくれたようでひとまずほっとする。

原告には亮佑さんとたかしさんという男性カップルがいて、当日は証人尋問としてたかしさんのお姉さんも証言台に立った。この報告会にはお姉さんも参加してくれて、ご自身の思いを話してくれていた。

お姉さんが話し終えたあと、松中さんが亮佑さんとたかしさんの二人に「今日の尋問を終えて、次への思いはありますか」と質問を投げかける。しかし返事はなく、数秒の空白の時間があった。画面には、二人の回線がマイクオフになっているアイコンが表示されている。

「亮佑さん、たかしさんどちらからでも……」と松中さんが言葉を継ぐとマイクがオンになり、聞こえてきたのは少し慌てた様子の亮佑さんの声。

 

「あ、ごめんなさい! 今ね、お姉ちゃんに、『お姉ちゃん、ステキよ』って言ってたので……だからすいません、もう一回松中さん質問言ってください、ごめんなさい!」

 

テンパッた様子の亮佑さんに、松中さんも笑う。それを聞いて、今日の尋問はきっと手応えのあるものだったんだろうなと思った。この日に備えて真剣に準備をして、それを出し切り、言葉が届いた実感を、一緒に戦った人たちと味わう。決着がつくまでの道のりは長いけれど、今は緊張の鎧を脱いで、ひとまず今日の達成を祝い、ねぎらう。そんな回線の向こうの空気が漏れ伝わってくるようで、こっちまで明るい気持ちになる。この人たちの思いが報われてほしい、と心から思う。

 

同性婚を求めるときには、「異性愛者のカップルと同じ関係性を築いているのに、同性愛者だけ結婚の権利がないのはおかしい」という論法になるので、必然的にその同質性を強調することになる。だから「普通の夫婦と変わらない日々を送っている」というような話になるのだけど、個人的には「普通の夫婦ってなに?」とちょっと思う。運動には作戦が必要だとわかっているけれど、それでも「普通と変わらない、同性愛者の日常」みたいな語りのために、抑圧されたり、切り捨てられたりしたものがないかとひっかかりもする。

同性婚にさまざまな利益がある一方で、戸籍の問題や社会からの圧力もあるし、「結婚」によって特権がもたらされること自体に疑問が残る。今回の訴訟でそこに同性愛者が含まれたとしてもまだ網の目からこぼれ落ちる人はいる。だからここが最終地点ではないな、と思っている。

それでも、もしも同性婚が認められたら大きな一歩であることには間違いない。こうして選択肢が増えることで救われる人がたくさんいる。だからこの訴訟はすごく応援している。

 

一方で、私自身も当事者ではあるけれど、どこまで自分ごととして考えているかはわからない。それは今書いたように婚姻制度自体を疑問視しているからでもあるけど、現実味が薄い、というのが正直なところかもしれない。私は中学生の頃からゲイだと自覚していたので、そもそも結婚とか子どもを持つとか、もともと人生の選択肢として考えてこなかったのだ。だからできるようになるかもしれないと言われても、いまいちイメージしにくい。

「本当は婚姻制度そのものに反対」と言っているのも、蚊帳の外にいるからかもしれないと少し思う。蚊帳の外で見たこと感じたことは、この議論がどうなっても忘れたくないと思うけれど。

 

配信が最後のまとめにさしかかったところで恋人が帰ってきて、ちょうど米が炊けた。夕飯を食べながら、二人で配信を見る。恋人は食後、一人で頭から配信を見ていた。最後まで見たあと感想を聞くと、「きっと色んな毎日の大変なことがあるのに、その上でこうして社会を変えようとしていて本当にすごいなと思う。自分はそれに乗っかってばかりで……」と彼らしい生真面目なことを言っていた。

 

「結婚できるようになったらすると思う?」という質問は、私にとって「100万円が降ってきたら何に使う?」とか、「透明人間になれたら何をする?」とかと同じようなものだった。だけどこれから先、その質問は今までとは違った重みを帯びる。

結婚という選択肢に現実味はまだ持てない。それでも私はこの夜、恋人と感想を言い合いながら、その質問を言いかけては飲み込んでいた。