ヌマ日記

想像力と実感/生活のほんの一部

麻痺したくない[2020年7月24日(金)曇り時々雨]

連休二日目。スポーツの日。今日からオリンピックが開催される予定だったと思うと、やっぱり不思議な感じがする静かな朝。午前中は日記書きやこまごまとした仕事。

 

昼過ぎ、恋人と一緒に出かける。駅前のパン屋で朝昼兼用の食事を摂り、新宿へ。雨がぱらついていたので地下道を通って行くが、人がとても少ない。感染が再び拡大しているから、みんな出かけないようにしているのだろうか。それとも旅行に出かけて東京にいないのか。恋人は新宿では地下道をあまり使ったことがなかったらしく、「便利だね」と感心していた。

 

14時からKEN NAKAHASHIで森栄喜さんの展示「シボレス|破れたカーディガンの穴から海原を覗く」。会場には写真が3点と、白いスピーカー。巨大な百合の花にも似た拡声器型のスピーカーから、複数の人たちの声で、さまざまな言語の合言葉(Shibboleth)が小さく聞こえてくる。

会場は感染症対策のために窓が少し開けられていたから、雨が木を打つ音や、地上を走り抜ける車の音が入り込んでくる。その音にまぎれて、小さな声はすぐにかき消されてしまう。だから耳を澄ます。合言葉には私が知らない言語もたくさんあるから、その意味をきちんと取ることはできないのだけど、耳を澄ませる行為によって、「理解の及ばない知らない人の言葉」が、小さく開かれたものになっていく。

感染症対策のため事前予約制のギャラリーには、私と恋人以外に客は誰もいなかった。隔離された空間で恋人と二人で耳を澄ませた体験が、インスタレーションのメッセージと記憶の中で混ざり合っていく。

 

展示を見たあとはアコメヤへ行き、誕生日を迎えたHへのプレゼントを恋人と選ぶ。よく料理を作っている彼なので、白えびだしや鯛飯のセットなどの詰め合わせにした。それから恋人と少し別行動で、お互いに見たい店をぶらつく。30分くらいで合流。恋人は洋服を見ていたそうだが、「服屋の店員に『こだわり強そうですね!』って言われたんだけど!」と、少しだけ怒りながら笑っていた。

今日はとても気に入っているからここぞという時にだけ着る紫のシャツで出かけたのだけど、着たい服で恋人と街を歩けてうれしかった。マスクは暑かったけど、それ以前の感覚を少しだけ思い出す時間だった。

 

小池都知事が「4連休の外出は自粛を」と言っていたが、春ごろのような影響力を持っていないように思う(少なくとも私には)。なんとなく「家にいるだけじゃどうにもならないし、自分なりの対策をして、リスクはどんな場面でもあることを頭に入れて行動しよう」みたいな考え方が、一番賢い考え方になっている印象。

それはそれでよくわかるのだけど、自分としては「もうやってられん」という気持ちや、恐怖の麻痺がまず先にある。その上でちょうどこうした考え方が勢いを増しているから取り入れておくか、というのが感覚的に一番近い。感情や欲望を理論武装している感じで、論理的に考えているというのとは違いそう。

他の人はどうなんだろう。私はこの身体感覚と頭で考えていることのねじれというか、欲望にゴーサインを出されているだけなのに、自分で正しい行動指針を選び取ったような表情ができてしまうことに、自己欺瞞の気持ち悪さを感じている。理知的に見える判断が判断が何かを覆い隠す危険性や、それよりも自分の快不快を優先する愚かさがあることを忘れずにいたい。気がつくまで時間がかかることもあるけれど、このポイントにおいて麻痺はしたくないなと思う。

 

外にいた時間は合計で3時間くらい。気分転換になったけどけっこう疲れた。夕方よりも前に家に帰って、夜は昨日の残り物を食べた。