ヌマ日記

想像力と実感/生活のほんの一部

リアル[2021年7月14日(水)曇り]

集中して取り掛かりたい原稿を朝イチで執筆。12時頃までに一通り書き終えて昼食。余り物のカレー(3日目)を食べきる。それから明日の取材の質問を考えたり、メールの返信をしたり、オンラインで取材をしていたらあっという間に夕方だった。

 

取材中、朝日新聞デジタルから色々とニュース速報が届いていた。一つは、今日の東京の新型コロナ感染者数が1000人を超えたというニュース。もう一つは、芥川賞直木賞の受賞者が決まったというニュース。どちらもダブル受賞で、芥川賞には李琴峰さんの名前もある! 李さんは昨年『ポラリスが降り注ぐ夜』を読んで衝撃を受け、『星月夜』では取材もさせていただいた。ジェンダーやアジアの国々の歴史、政治性、緊張感を折り込んだ李さんの作品は、きっと昔からそこにあったはずなのに見過ごされてきたものに透き通った光を当てる。自分がいうのはおこがましいけれど、すごく大きな意味のある受賞だと思う。とか言いつつ受賞作の『彼岸花が咲く島』はまだ読めていないのでさっそくネットで購入。読むのが楽しみ。

 

そのあとはプールへ。かなり調子がよく、連続で1450m、合計で2200m泳いだ。このままもっと距離を伸ばしていきたい。帰り道では「荻上チキ・Session」で李琴峰さんのインタビューをタイムフリーで聞く。

Twitterを見ていたら私が住んでいる区のツイートが流れてきた。今日から40〜59歳のワクチン接種受付を開始したが、国から供給されるワクチンの量が大幅に減少し、すべての予約枠が埋まっていて受付ができない、という内容。えー……っていうか、職域接種に使われているモデルナだけじゃなくて自治体などで主に使われているファイザーも供給量減少って、本当に駄目すぎるね……。既存の予約は大丈夫なのだろうか。

先日、若林恵×佐久間裕美子『こんにちは未来』の第69回「オリンピックに思うこと」を聞いていたら、冒頭で二人がワクチンについて話をしていた。自分の考え方は若林さんと重なるところがあるなと感じたのだけど、佐久間さんの「(ワクチンを打つことが10年後、20年後どんな影響をもたらすかよりも)コロナの後遺症の方が全容がわからなくて怖い」というのももっともだと思う。

先日も朝日新聞デジタルの「コロナ 後遺症のリアル」という特集で「後遺症で今でも酸素ボンベが手放せない」という60代の男性のケースが記事になっていたのを読んで、後遺症の得体のしれなさに改めて怖くなったところだった。味覚や嗅覚がなくなってしまうのも、食事でストレス解消している自分からすると相当きついだろう。正直な話、ワクチンを打たずに感染して「自業自得」と言われたりスティグマを負ったりするのが怖い、というのもあるし。

 

帰宅後にこまごまとした作業をしていたら恋人帰宅。私の作業が終わらなかったため恋人が麻婆豆腐を作ってくれ、FNS歌謡祭を見ながら食べる。CM中にザッピングしたらテレ東で宜保愛子。心霊系の特番のようで、苦しそうな表情で額に玉のような汗を浮かべており、霊と戦っているっぽい。実はちゃんと映像を見るのがはじめてなのでかなりわくわくしながら見始めたのだが、もうクライマックスだったようで1分ほどで終わってしまった。残念。そのあとはタレントたちが心霊トンネルを訪れてあれこれ騒ぐ内容に移り変わったのだけど、あからさまなヤラセ感が清々しい。トンネルの奥にiPhoneのカメラを向けると白い球のようなものが写る……と現場が騒然とするのだが、多分カメラに入り込んだゴミに光が反射しているだけだと思う。私のiPhoneも同じようになるので。

 

食後はSTARZPLAYで、先週の日曜日にシーズン1の最終話を迎えた「ラン・ザ・ワールド」。NYハーレムで生きる黒人女性4人が主役の物語で、「黒人版セックス・アンド・ザ・シティ」みたいな触れ込み。SATCを見たことがないので正確なところはわからないのだけど、きらびやかで性に奔放で……といったイメージはまあそうなのかな、という感じ。

白人男性が登場するときは基本的に間抜けな役回りだったり、そのユーモアには何か明確に黒人女性たちのために作られたようなところがあって、自分がどの距離感でエンタメとして楽しんでいいのか悩む部分はあるのだけど、衣装の煌びやかさ(ビビッドな洋服が黒い肌にとにかく映える)や、俳優陣(男女ともに)のセクシーさに憧れるような気持ちで見た。映像も洒脱だし、ロバート・グラスパーの音楽も甘美。

序盤でインパクトがあったのはエピソード2。これまで黒人男性としか寝たことがなかったエラが白人男性と寝てみるのだが、後日4人で集まったときその経験を聞かれて「ベッドの鏡に写った自分と男の姿を見て、奴隷制のことを思い出した」みたいなことを言ったり、「白人と黒人が同じポルノに出ていると、給料の格差が気になって集中できない」という話題になったりする。

物書きだがくすぶっているエラをはじめ、レネー、ソンディ、ウィットニーという4人の主役はみな高学歴で、悩みながらも仕事や打ち込みたいことに情熱を注げる環境にいる。4人はそれぞれにパワフルだけれど、それでも黒人差別や不平等なジェンダーロールに打ちのめされることがある。彼女たちの姿は差別があるけど逞しくゴージャスに生きているとも言えるし、ゴージャスに生きようとしても逃れられないものがあることを考えさせられもする。どちらかをメインに描いているわけではなく、シーンによって比重が大きく変わる。それが方向づけをせずに描いているようで、思想ではなく人生が浮かび上がるように思えた。

ラストシーンもすごく洗練されていて、明らかにシーズン2がありそうな終わり方だった。絶対続きが見たい……みんなに見てほしいのだけど、STARZPLAYというあまりメジャーじゃない動画配信サービスなので視聴できる人が限られる。製作陣やキャストのインタビューなどを読んでみたいのだけど、全然話題になっていなくて日本語の記事もまったくといっていいほどないし。シーズン2以降、海外では配信されているのに日本では配信なし、とかになったら悲しいなあ。

そしてとりあえずシーズン1を見終えたので、STARZPLAYは一旦解約。動画のサブスクってなんとなく一度入ったら抜けにくい気がして加入するのに腰が重くなりがちだったのだけど、みたい作品があればフットワーク軽く加入&解約を繰り返してみようと思う。次はスターチャンネルEXでルカ・グァダニーノ『僕らのままで』を見る予定。しかしこうしてはっきりと目当ての作品がある場合はサービス全体じゃなくて作品単体に課金したいのだけど、その仕組みがないのがもどかしい。好きな作品に多く還元したい。

 

夜は疲れていたはずなのになかなか眠れず。ベッドでスマホをいじっているとオリンピック、パラリンピックの開閉会式のクリエイティブチームが発表になったと流れてきた。参加する人たちにもさまざまなスタンスがあると思うのだけど、女性がほとんどいないしやっぱりかなりもやもやしてしまう。

 

今日の新規陽性者数は1149人、現在の重症者数は54人、死者4人。本当に開期中に大爆発しそう。先日総武線に乗っていたら千駄ヶ谷駅のあたりで国立競技場が見えて、開催されたらここに毎日たくさんの関係者が足を運ぶのかと想像してぞっとした。本当に中止してほしい。

空気は澄んで[2021年7月11日(日)晴れ一時雨と雹]

天気が崩れると聞いていたけどよく晴れている。蜂蜜トーストで血糖値を上げて少し仕事。午前中のうちに恋人と一緒にSEIYUで夕飯の買い出し。なんとなくカレーが食べたかった。S&Bの「スパイスリゾート ケララカレー」がおいしいと聞いたので作ろうと思ったのだけど、みじん切りやすり下ろしなどの工程が多くてめんどくさそう、と思ってしまう。それに材料のセロリも野菜売り場になかった。

SEIYUの生鮮食品売り場は地下にあり、電波が悪くて寒い。ケララカレーは断念したが普通のカレーを作るのは味気なく、何か良いレシピがないか検索してみる。結局、ウー・ウェンさんの夏カレーを作ることに。具材は肉と玉ねぎだけというシンプルなもの。レシピでは豚肉になっているが、肉はなんでもよさそう。切り落としの肉と玉ねぎ、それから付け合わせ用のじゃがいもなどを買う。

 

帰ってきてもまだお昼には早いので、先にカレーを仕込んでおく。煮込んでいる最中にお腹が空いてきたので、隣のコンロでそばを茹で、余り物の夏野菜の揚げ浸しと一緒に食べる。

昼食後は日記書き。午前中は晴れていたのに気づいたら天気が悪くなっていて、昼なのにうす暗いと感じる。そうしているうちに窓の外がぱっと白くなり、雷鳴が響く。光ってから音が鳴るまでの間隔が短く、光か音かがひっきりなしに部屋に届く。近くに落ちそうな気がして少し体を強張らせていると、ざーっと音を立てて部屋の窓を雨が洗った。この部屋は共用廊下に面していて、上階が庇になっているので窓まで雨が届くことは滅多にない。そんなに風が強いのかと思っていたら、次の瞬間ゴツ、ゴツ、と何かが窓を打つ音。見ると、小粒のブドウくらいの大きさの白い塊が擦りガラスににぶつかって落ちていくところだった。

「雹が降ってる!」と興奮気味に恋人に伝えて、2人でベランダから外を見る。雨があまりにも激しく降っているせいで白く煙っていて、その中を黒い蛾が一匹逃げ遅れたように飛んでいた。ザッツ気候変動……と思いながら、2人で何も言わずにしばらく眺める。

 

夕方から髪を切りに行く。すべてをたたき落とすような雨と雹が降って塵が一掃されたのか、空気が澄んでいる。コントラストと彩度が上がったようで、夕暮れの色や街の輪郭がくっきりしていた。

髪を切ってもらいながら話題にあがったのは、やっぱり日中の豪雨のこと。この店は商店街のアーケードの中にあるのだけど、外から流れ込む雨の排水が間に合わなくて店まで浸水したという。「競技中にあんなん降ったら、海外の選手たちびっくりしちゃいますよね」と言っていた。それは本当にそうだ。そもそも東京オリンピックって35度を超えるような酷暑(対策は「打ち水」)とか、東京湾の水質問題とか(対策は「アサリで水質浄化」)、可能性は高くないかもしれないが期間中に大地震が起こったらとか、いろいろ問題含みだった。コロナ対策のことばかり焦点に当たっているけれど、実際にオリンピックがはじまればこうした問題も当然出てくるわけで……本当にちゃんとやりきれるのだろうか。

美容師さんは「無観客になったことで辞退する選手も出ましたね。まあ、無観客じゃやる気出なくて良い結果出せないですよね」とも。たしかに、私は感染を抑えるなら無観客のほうがいいと思っていたけれど、選手からしてみれば誰もいない会場でやってもな、という感じなのかもしれない。なんかもう、誰のためのイベントなのかわからなすぎるな……。

 

開催が目前に迫って、選手たちのスタンスが話題になるのを目にすることもある。「自分が言っても何も変わらない」みたいな態度はちょっと悲しいなと思う半面、参加するという決断をした選手を強く批判することも自分にはできないなと思う。仮に自分がオリンピックに向けて何年も準備を進めていたとしたら、辞退はできる限りしたくないと思うし(無観客であるとか、辞退をする人が増えてきて金メダルが有名無実化するとか、自分が望む形ではないと思ったら別かもしれないけれど)。

こう書くとオリンピック賛成っぽく見えるかもしれないのだけど、そういうことではない。そして選手の思いを尊重したいと思うことと、オリンピックをやってほしくないことは、矛盾しながら(矛盾するようで、ではなく)共存すると考えている*1

なんかもうちょっと、白か黒かではない意見の表明のしかたがあっては駄目なんだろうか。それは不買運動とかを見ていても思うことで、「買わない」という選択ができれば一番良いしわかりやすいけど、嫌な点ばかりではなくて同時に好きな点もあったりなど、はっきり線を引くのが簡単ではない場合が多いと思う。もちろん不買や不使用という判断はその簡単ではなさの上で(場合によっては痛みを伴いながら)行われるものだと思うのだけど、一方で買いながら文句を言うとか、参加するけど意見したり条件を出したりする、みたいな選択肢がもう少し開かれていてもいいのでは。うーん、でもそれでは結局大きなもの、強いものに取り込まれるだけになってしまうのだろうか。

これは参加する選手を批判する人に対してだけでなく、選手に思うことでもある。オリンピックの舞台にかけてきた思いを優先することは批判したくない。ただ、「自分が言っても変わらない」ではなくて、何か考えがあるならやっぱり口にしてほしい*2

髪をばっさり短くしてさっぱり。スーパーで買い忘れたコーヒーフィルターとクミンシードを買って帰宅。カレーを温めながら、副菜のじゃがいもをクミンシードとカレー粉で炒める。ウー・ウェンさんのレシピとは違うが、おいしくできた。

夕飯を食べながら、『#家族募集します』を見る。重岡大毅が演じる俊平が蒼介(仲野太賀)に自分のつらさを吐露するシーンの、仲野太賀の表情の演技に見入ってしまう。TBSの金曜ドラマ、『俺の家の話』『リコカツ』そして『#家族募集します』と、いわゆる「家族」の在り方やその構成員の役割を拡張して再定義するようなドラマが続いていて良いなあ。

 

今日の新規陽性者数は614人、現在の重症者数は61人、死者3人。明日から四度目の緊急事態宣言。

*1:先日書いたフェスへの気持ちも同様で、フェスを今やるべきと思わないことと、アーティストや主催者のことを考えると引き裂かれるような気持ちになることは両立する。ただ先日の自分の書き方が本当にあれでよかったのかは少し迷っていて、何かのタイミングで文章を直すかも

*2:例えば、テニス代表の大坂なおみや錦織圭はオリンピックに関する相反する感情を伝えている。これは5月時点の記事で、二人とも今のところ出場予定のよう

大きな転換[2021年7月10日(土)晴れ]

昨日の夜は恋人といつもの焼き鳥屋へ行った。四回目の緊急事態宣言でも飲食店がスケープゴートにされていて、少しでも応援したいと思っていた。こんな思い出したように店を利用するだけでどれだけの力になるのだろうと考えてしまうけれど、二人で行けば二人分の売り上げにはなるのだから、自分にできることを矮小化しすぎないようにしようと思う。

疲れていたこともあって最初に頼んだビールで満足してしまったのだけど、さすがにそれでは申し訳ないと思ってもう一杯頼む。たった二杯だけどけっこうまわってしまって、朝起きた時も体にアルコールが残っていた。シャワーを浴びてもなんだかしゃきっとしない。だけど久しぶりに東京はからっと晴れていて、窓の外がまぶしかった。

 

西村経済再生担当大臣が8日に「休業要請や酒類の提供停止を拒む飲食店に、取引がある金融機関から働きかけてもらう」と発言したことへの批判が強まっていて、調べれば調べるほどありえなくて気が滅入る。私でさえそうなのだから、飲食業を営んでいる人からすればもっとだろう。平井卓也デジタル改革相が請負先企業について「脅しておいた方がいい」と発言した音声が公開されていたのが一ヶ月ほど前。恫喝して黙らせる、というやり方が常態化しているのだろうか。

トーストを焼きながらポッドキャストで聞いたTBSラジオ荻上チキ・Session」でも西村大臣の発言が取り上げられていた。ゲストで経済学者の飯田泰之さんは第一声で「正気を疑う、というのが正直な感想」。それから、政府がグルメサイトなどを通じて感染症対策を適切に行なっているかどうかを利用者の書き込みでチェックさせるシステムを導入しようとしていることなどに触れ、萎縮させようとする意図がみえることを指摘していた。

 

特に個別店舗、個人店舗がたくさん集中しているようなこぢんまりとした飲食店街というのは、なにか一個の店が頑張ったから街並み、または商店街、スナック街等が生きているわけじゃなくてですね、なんとなく、いろいろな、さまざまな多種多様な店というのがそこに存在している、その蓄積というのが街の魅力になっています。こういう蓄積型の魅力って、一度失われてしまうとそうそう取り戻せないんですね

 

飲食店を標的にする政策が続く状況、それがもたらす影響について、飯田さんはこう話していた。昨日焼き鳥屋への行き帰りに通った路地の喧騒や、店の灯りを思い出しながら聞く。

 

体調がよくないので今日やろうと思っていた仕事をスキップして、本を読んだり、ポッドキャストやラジオを聞いたり。先日読んだ『人新世の「資本論」』著者の斎藤幸平さんが「RADIO SAKAMOTO」のナビゲーターをした回をタイムフリーで聞く。ラジオのナビゲーターというのでもっと自由にあれこれ話しているのかと思ったけど、コムアイさん、國分功一郎さんとの対談を流したくらいで、ちょっと思っていたのとは違ったのだけど内容はとても面白かった。サイトには書き起こしや、國分さんとの対談のノーカット版も上がっている。

コムアイさんとの対談は「対話」がテーマで、対話に大きな可能性を見出しているコムアイさんに、斎藤さんがそのリスクや限界を伝えた上でもう一度希望のある視座に還ってくる、というような構成。國分さんとはお互いの研究や社会と関わるスタンスについて対談していて、國分さんの『暇と退屈の倫理学』が資本主義批判であるという話から本の中でも印象的だった浪費と消費の話になり、社会に足りないのは「暇」だみたいな話になり……と、いろいろ展開していく。

どちらの対談もすごく風通しが良いなと思う。『人新世の「資本論」』も風通しの良い本だった。社会システムの大きな転換を促す本で、本当にできるのだろうか、とつい思ってしまうようなところもあるのだけど、フランスの「市民会議」のような具体例を取り上げていたり、「おわりに」では「3.5%の人々が本気で立ち上がれば、社会は大きく変わる」という研究を紹介していたり、前向きで力強い。気候変動問題のタイムリミットが迫り社会に行き詰まり感があるけれど、風穴は開けられるよ、と伝えてくれる本。二人との対談も、行き止まりの淀んだ空気を動かしてくれるものだった。

 

お昼はそうめんと、数日前に作っておいた夏野菜の揚げ浸し。録画しておいたMステで、STUTS、松たか子、KID FRESINOの「Presence I」パフォーマンスを見た。「颯爽と階段を降りる大豆田とわ子」を見たかったけど、ソーシャルディスタンスのためその演出はなし。

お腹が満たされたら眠くなり、少し昼寝。その後プールへ。昼寝をして体力が回復したおかげで、連続で1.2キロ、合計で2キロ泳ぐことができた。前回は合計で1キロしか泳げなかったので、だいぶ幅がある。たくさん泳げて気持ちよかった。行き帰りではBTS「Butter/Permission to Dance」やポッドキャスト「Over the Sun」を聞いたり。

 

帰宅後、急いでみそ汁とサラダを作って冷凍のハンバーグを焼く。半年以上冷凍庫に眠っていたものだが、ラップにくるんでかつジップロックに入れておいたため冷凍庫くささはまったくなし。傷んでいないかちょっと心配していたのだけどそれも大丈夫で、おいしく食べ終える。21時から打ち合わせ1件。

 

それから寝るまで『群像』8月号を読む。目当ての小特集「ケア」から読みはじめる。惠愛由さんのミランダ・ジュライ『最初の悪い男』評や丸尾宗一郎さんの「シリーズ ケアをひらく」の白石正明さんへのインタビューが面白い。白石さんのインタビューは金言ばかりで引用したいところがたくさんなのだけど、ひとまずこの部分。

 

 看護師が医者にうまく説明できないというのは、こういう話に近いです。なぜそうなったのか、なぜそのケアがうまくいったのか、因果関係を言えと言われても、それは明確にはわからないんですよ。パラメータがいっぱいあるんです。AさんとBさんの相性もあるし、どんなタイミングである言葉を言うかによっても結果が全然違う。だから、一回一回の偶然性に任せられる割合が大きい。
 医療現場では、もっと明確な法則に則った話が「科学的」だということで評価されがちです。でもそれって、ただ話の分母が小さいだけなんですよ。(中略)、そもそもきっちりした「法則」と「偶然」の間には、かなりグラデーションがあると思うんです。ケアはその部分を扱っているように見えます。

 

科学的、論理的とされるものが近代的で良いとされる時代において、その感覚やロジックではすくいきれない複雑さや弱さ、割った時に余ってしまう部分に手が届くのがケアであるということ。その「ケア」が今注目を集めているというのは示唆的で、「社会システムの大きな転換」の萌芽はここからも生まれてきそうだと思ったり。

 

「ケア」特集ではアンケートの「自分をケアする料理」も読んでいて楽しい。私の自分をケアする料理はなんだろう。具体的な一品というより、作る過程でいつもケアされている(「自分をケアする」より、「ケアされている」と受け身のほうが不思議としっくりくる)気がする。例えば私はワタナベマキさんのレシピをベースに酢キャベツを作っているのだけど、沸騰した金色の酢を千切りのキャベツに注ぐとき、自分の精神が清められるような感覚になるし、湯がいたそうめんやそばを流水にさらすとき、粗熱が取れていくのを手で感じながら静かな気持ちになっていく。

 

今日の新規陽性者数は950人、現在の重症者数は63人、死者5人。

矛盾のなかで[2021年7月7日(水)晴れ]

七夕。今日は密度の高い原稿を書かないといけない日で、起きたばかりの脳でパソコンに向かう。しかしあまり冴えている感じはせず。シャープにものごとを切り分けて整理していかないといけないのだけど、包丁がなまくらでうまくできないような感じ。こうなるともう時間を置いて見返すしかないので、ひとまず最後まで書いてあとは明日の自分に任せる。そのあと簡単な昼食を摂り、いくつかの企画を考える。相変わらず頭が冴えないので15分仮眠をとろうとしたのだけど、5分くらいのところで宅配便(しかも恋人宛)が来て中断されたりした。

 

夕方からZoomで関わっている月刊誌の打ち合わせ。オリンピックの大型連休のせいでいつもより3,4日前倒しで進めなければならず、面倒くさいなと思う。一通り話がまとまったあとは雑談で、みんなのワクチン接種の話。一人はすでに職域接種で一回目を終えていて、もう一人は来週一回目の接種とのこと。意外とみんな接種が早い。やっぱり大半の人は少しでも早く接種したいという感じなのだろうか。

 

そのあとはプールへ。打ち合わせが少し長引いたので1時間まるまる泳ぐことができず、しかも今日はすぐに疲れて息が上がってしまったこともあって1000mしか泳げなかった。

物足りない気持ちで着替え、プールを出ると友人のグループLINEに「緊急事態宣言が出る前に遊ぼうよーー!」とメッセージが入っている。返信しようとLINEを開いたら、トーク画面の一番上の広告やニュースが表示されるところに「<独自>東京に緊急事態宣言発令 政府調整」の文字を発見。もう出るみたいね、とみんなに共有。

それにしても、6月20日に解除してからたった3週間ほどでまた宣言って、あまりにも早すぎる。宣言解除の時点で、今のままではすぐに感染者が増えてまた宣言を出すことになるかもしれないとは想定しなかったのだろうか。しなかったとしたらヤバいし、想定していて解除したなら理解ができない。「本当に無能すぎてひどい…」と、グループLINEに。

 

家まで早足で歩きながら、ふと自分は緊急事態宣言をどう捉えているんだろうと考える。形骸化していて出されたところで効果も薄いし特に従わないと思う気持ちと、出されたらこうして何か言いたくなる気持ちが両方存在していて、それは矛盾していないか。形骸化していると思うなら、出されたところでスルーすればいいのではないか。

もちろん、宣言によって影響を受けざるをえない飲食店をはじめとする業種の人たちのことを考えて怒る気持ちもある。でも私は「この怒りはすべて他者のためのものだ」と言えるほど聖人ではない。私はたしかに私自身の怒りを感じていて、それはなぜなのか。

宣言が出ても私の生活を直撃はしないから、自分視点に限ればあまり気にしていないのは事実。しかも今回にいたってはこれでオリンピックが無観客になったら人流が減って少し安心、中止になったら万々歳だな、とも思っている。それでも何か言いたくなるのは、宣言の内容や効果というより、権力の行使やそれに伴う圧力に拒否感があるからだろう。その行使のしかたが場当たり的であったり、オリンピック優先でそれ以外は二の次という態度がまる見えなのもきつい。人の命や生活を第一に考えたものにまったくなっていないことに私は苛立っている。そしてその苛立ちが、自分自身の怒りと他者のための怒りをつなげる。

 

今日はそういえばROCK IN JAPAN FESTIVALの中止も発表されていたのだった。フェスなあ……これが久しぶりの有観客ライブだったというアーティストも多いのだろうし、行くのを楽しみにしていた人がたくさんいるだろうこともわかるのだけど、あんまりちゃんとフェス側の肩を持てない自分がいる。RIJFフジロックだと普通のライブイベントとは規模感が桁違いで、「これができるならオリンピックもやれるっしょ」というロジックが成立してしまいそうだし、なぜフェスはOKでオリンピックはダメなのかと問われたら、感情論以外でうまく答えられない。

それから、東京などに住んでいる人が、都市部と比べて医療体制が充実していない地域に大挙するというのも不安がある。もちろん開催地への経済効果は大きく、それがなくなることも計り知れない損失なのだと思うけれど……。でもなんか、もし私がそうしてフェスへの不安を口にした時に「とはいえ開催地にも経済的な利益があるから」みたいなことを、(主催者などではなくいち参加者から)言われたら、お前は一体何様なんだと思うような気がする。自分が楽しみたいという気持ちに張り付いた罪悪感や不都合を、「相手にも利益がある」という言葉で削ぎ落としてこぎれいでいようとするのは誠実じゃない。「いろいろ矛盾や葛藤はあるけど、フェスが好きだからやってほしいし自分は行きたい」でいいじゃん。って、お前こそ何様なんだという感じになってきたけど……。でも、そうやって自分の欲望に目を向けず、正当性の担保を優先した結果こじれていくみたいなことって、色々な場面であるように思う。

 

今日の新規陽性者数は920人、現在の重症者数は62人、死者3人。宣言が出るかもというだけあって、さすがの迫力ある数字。

普通の生活[2021年7月6日(火)雨のち曇り]

午前中は日記を書いたり、『人新世の「資本論」』読み進めたり。14時から東京駅で取材。たまたま2週間くらい取材がなかったので久しぶりで、頭も働いていない感じがあったから不安だったのだけど、滞りなく終えることができた。

 

新宿まで戻って紀伊国屋書店を見て、ルミネで恋人に頼まれていたおつかい。自分もネットで見て気になっていたサンダルを店頭で試着し購入する。荷物を置きに一旦帰って、仕事のメールに返信。それから、私の住んでいる区のワクチン接種予約が今日からだったことを思い出し、予約サイトにアクセスしてみる。

アクセスが集中してサイトが重くなったり、サーバーがダウンしたりするのだろうかと思っていたけど、そんなこともなくスムーズにつながった。UIも使いやすくて、日付や会場で検索したりもできる……って、こう書いてみると普通のことなのだけど、行政の作るウェブサイトへの期待値が低すぎるせいで普通に使えるだけで評価が爆上がりしてしまう。

正午から予約開始していたためか、この時点で7月の予約はかなり埋まっている。本当は少し接種を考えたい気持ちもあるのだが、そうして決めかねているとどんどん埋まってしまうので、半ば急き立てられるように月末で空いている時間を予約した。一回目なので副反応はそこまででもないかなと思いつつ、念のため翌日に予定がない日を選ぶ。ワクチンはファイザー社製。

モデルナ社製ワクチンの供給量が6割減になったことを河野大臣が明かしたと報道されていて、しかも計画が変更になったのはゴールデンウイーク前だという。2ヶ月近く黙っていたのはなぜ? GWごろはまだオリンピックの開催の是非が揺れていたように記憶しているけれど(いつの間にか無観客か有観客か、5000人か1万人か、というように議論がすり替わっていた)、影響を懸念したのだろうか。それを明かしたのが都議選後のタイミングというのも勘繰ってしまう。

オリンピック関連では他にも、大会関係者は外部と接触しない「バブル方式」を採用する、という政府の方針を検証するChoose Life Projectによる動画Twitterで拡散されている。動画で菅首相は「(大会関係者は)一般の方と離れて接触しないような対応」と発言しているのだが、視聴者投稿による空港の映像では特に専用の通路があるわけではなく、一般の人と同じ場所を利用している。なんか、すごい雑……能力もやる気も感じられない。

 

疲れていたが気合いで米を炊き、なすとみょうがのみそ汁と豚キムチを作る。キムチを入れる前に醤油で下味をつけるのだけど、少し入れすぎてしまった。だけど食べてみるとこのくらい味がしっかりしているほうがおいしい。私はいつも薄味にしがちなのだが、こういうのは味が濃い方がおいしい。今週は恋人が忙しく帰りが遅いので、先に一人で食べる。

食後はなんとなく料理系の番組が見たくて、Netflixで『ストリート・グルメを求めて:アジア』を見てみる。エピソード1「タイ バンコク」に出てくるカニ入りのオムレツがおいしそう。コロナ禍でこういう屋台ってどうなっているのだろうと考えると明るいイメージが浮かばず、とりあえず考えないようにして視聴を続ける。

エピソード2は「日本 大阪」。どういう映像になっているのかそれなりに楽しみにしていたのだが、なんかいきなり着物の女性が日本舞踊を舞っていたりして興醒めし、見るのをやめてしまった。だから本筋である大阪の居酒屋の話がどういうものかはわからない。あからさまに誇張されたクールジャパンの映像を見せられると、これは自分が見るものではなさそうだなと思ってしまう。

ネトフリを終了してテレビの番組表を見ていたら、ちょうど『きょうの料理』がやっていたので途中から見る。ズッキーニやナス、とうもろこしを昆布だしで煮て、そこに牛肉をさっとくぐらせて食べる「夏鍋」を紹介していた。おいしそう。ズッキーニもナスも冷蔵庫に余っている。番組が終わったあとも料理コンテンツに触れたい欲が止まらず、「dancyu」のサイトを回遊。最近、暇になるとdancyuばかり見ている。ここで紹介されているような洒落た料理はあんまり作らないのだが。

 

そのままTwitterを見ていたら、五輪期間中は在来線含む首都圏の主要駅で荷物検査を行う、という記事。全駅で利用者全員にではないと思うけど(現実的じゃないし)、オリンピック優先で、普通の生活が圧迫されていくことにうんざりする。こういうの、今後もまだ出てきそう。

 

今日の新規陽性者数は593人、現在の重症者数は63人、死者1人。

風が吹く[2021年7月4日(日)雨]

もう8時過ぎなのに明け方のように部屋が青白くて、時間が進んでいないかのよう。昨日は低気圧のせいでまともに動けず、今日はその挽回をしたいのだけど、なかなかスイッチが入らない。今日も一日中雲が厚く、雨が降り続くのだろうか。体がだるいけれどひとまずベッドから出る。

最初のうちは胃の辺りが重くて何も食べたくなかったけど、本を読んでいるうちに少しずつ食欲が湧いてきた。インスタントのトマトスープにトーストをひたして食べる。冷蔵庫に作り置きの酢キャベツがあり、ふと思い付いて花椒をかけてみたらすごく合った。酢キャベツの酸味と爽やかな花椒の相性もそうだし、何よりその涼しげな味が梅雨の朝に合う。青白い部屋に風が吹くような味。食べているうちに体の重さが消え、頭が冴えてきた。今度は酢キャベツを漬ける段階で花椒を混ぜてみようと思う。

 

途中だった仕事の資料本を読み終える。資料の本の内容と関連しそうだったので、ずっと読み損ねていた斎藤幸平『人新世の「資本論」』をKindleで購入。いつもはiPadで読むことが多いのだけど、なんとなくiPhoneで読んでみる。ページをスワイプする回数が多いのは読みにくいかなと思ったけれど、一度に表示されるテキストが少ないから、案外テンポ良く読める。

 

恋人が起きてきて、彼は掃除機、私はトイレ掃除。12時前に一緒に都議選の投票へ。外は涼しく空気がしっとりしていて、恋人が「山にいるみたいだね」と言う。たしかにキャンプの翌朝のようだと思う。

都議選の会場は近所にある小学校の体育館で、私は選挙の時くらいしか小学校に入る機会がないからきょろきょろと見てしまう。ここに通っていたわけではないのだけど、ステージ(という言い方でいいのだろうか)の右手に掲げられている校歌の歌詞やバスケットゴールなど、そういう多くの小学校の体育館に共通する部分を見てなんとなく懐かしいような気持ちになる。

投票を終えると朝日新聞出口調査をしていた。雨も降っているし面倒くさくて断ろうとしたら、それよりも早く恋人が足を止める。タブレットを受け取り、表示される質問に答えていく。回答を終えた恋人は「一度やってみたかったんだよね」と機嫌が良い。投票した議員の名前だけじゃなくて性別や年齢、普段支持している政党や、オリンピックに賛成かどうかといった項目まであったそう。楽しそうに話すので、自分もやればよかったという気がしてきたが、言わずにおいた。

 

スーパーと薬局に寄って日用品を買う。お昼ご飯はモスバーガーをテイクアウト。モーニング娘。「ザ☆ピ〜ス!」の「選挙の日って/ウチじゃなぜか/投票行って外食するんだ」に触発されて外食を検討していたが*1、午後に水回りの点検の人が家に来ることになっていて、外食をしている時間がなかった。せめてものテイクアウトで代替。

 

午後は家でモスを食べ、水回りの点検を見守り、『人新世の「資本論」』を読み進める。夕方にプール。最初、今日は調子が良くないかもと思ったのだけど、途中から急に感覚を掴んだ。スピードを出しても息が上がらず、泳ぐのが楽しくなってきたところで閉館時間。次回までこの感覚を覚えていたい。

プールのエントランスには笹飾りがあった。閉館間際のエントランスは静かで、短冊がたくさんかけられた笹飾りは妙な存在感を放っている。なんとなく願いごとを見るともなく見てみる。

 

夕飯は蒸した鮭と温野菜。食べながらニュースで選挙の結果や、昨日の熱海の土石流の映像などを見る。激しい濁流が家を飲み込んでいく映像はショックで、最初に見た時は思わず東日本大震災津波を思い出してしまう。私よりも激しく津波の映像がトラウマになっている人がいると思うのだけど、ニュースでは特にエクスキューズなしで映像が流れる。大丈夫なんだろうか。全国的に雨がちで、みんな気分が塞ぎやすくなっていると思うから、つらいと思ったら無理せず自分の気持ちを優先してほしい、と思う。もちろん現地や近くにいる人は、もちろん身の安全を最優先で。少しでも被害が少なくあってほしい。

 

食後は最近恋人と一緒に見はじめた『マスター・オブ・ゼロ』。見たいと思っていたけど見られていなかった、インド系アメリカ人コメディアンのアジズ・アンサリが脚本、主演を務めているNetflixのドラマで、シーズン3が最近配信されたのを機に見はじめた。
まだシーズン1の中盤だけど、主人公のデフが受けたテレビドラマのオーディションで人種差別に合うエピソード4「インド人・オン・TV」が印象的だった。デフはなかなか芽が出ない俳優で、ステレオタイプなインド人の役柄しかまわってこないことにうんざりしている。オーディションで普通にセリフを読んだら「訛りを入れてみて」と言われるのも日常茶飯事だ。そしてこのエピソードでは、受けたオーディションの制作陣のメールが誤送信されてきて、そこに人種差別的なジョークが書かれていたり。

それを受けたデフの行動は、正面から異議申し立てするのでも諦めるのでもない、ストリートの戦い方のようなものだ。なんとなく日本では差別的な状況に対抗する方法が「社会運動」的なものに収斂していく印象があるのだけど、デフのやり方はそうではないように感じる。広義には、結果的にはインド人のステレオタイプの打開などの差別解消に連なる行動なのだけど、デフ本人の意思として、そういう属性の地位向上に還元していこうという意識が薄い。だからこれは「運動」「アクション」みたいな言葉とは遠いところにある。

社会運動が大切だというのもものごとの一側面だと思うのだけど、運動から切り離されているからできることっていうのもあるよなあ、となんとなく考えた。

 

『マスター・オブ・ゼロ』を見ながら、二人ともそれぞれスマホで選挙の結果を見たり。毎日新聞の記事によればオリンピックの延期・中止を訴える政治家が支持を広げたという動きがあったよう。また、『東京五輪パラリンピックをこのまま開催することに「賛成」と回答したのは全体の37%、「反対」は56%』とのこと。回答者は一部とはいえ、過半数が反対している祭典ってかなりすごい。

今日の新規陽性者数は518人、現在の重症者数は51人、死者1人。

*1:同じようにこの歌詞の影響で外食する人、多そう。その子どもからしてみれば「ウチじゃなぜか」だろうなー。

まぜこぜ[2021年7月1日(木)雨]

昨日セットアップした新しいMacBook Airが快適。操作感はほとんど変わらないのだけど、表面がすべすべしていていかにも新品という感じ。このパソコンではじめて原稿を書く。まずは細かい文章にこだわらずにざっと書いて、最後まで作ったら読み直しながら仕上げていく。

この話は以前にも書いたかもしれないけれど、こういう原稿の書き方は彫刻を作るのに似ているように思う。プレーンな素材があって、大まかなあたりをつけたあとで細部を作っていく、完成のイメージはあるけれど軌道修正の振れ幅も用意しておく、そんな方法。人によっては3Dプリンタのように、頭から末尾まで完成された文章を書ける人もいるようで、羨ましいけど自分にはできないなあと思う。まあ、3Dプリンタも彫刻もやったことがないので、イメージと断片的な知識で話しているのだけれど。

 

13時からオンラインで新しく関わるメディアの顔合わせ。出張があり、いわゆるライターの職能を発揮するものでありつつこれまであまりやったことがないタイプの仕事になりそうでわくわくする。

新しいパソコンで参加したのだが、カメラの画質が飛躍的に向上しており、自分の顔と部屋がくっきり映って少し恥ずかしい。それから、以前のパソコンはキーボードの奥に一列にスピーカーがあったが、新しいものはキーボードの左右にある。左右のスピーカーから打ち上げられた音がディスプレイの前で融合するような感じで、音が立体的だし画面から出ているように錯覚する。音楽を聴いたり映画を見たりするのによさそう。でも、オンライン取材をICレコーダーで録音する時にこれまでと同じように録れるか少し不安になった。レコーディング機能を使えばいい話なのだけど、なんとなくICレコーダーのほうが安心できて、レコーダーだけ使ったりレコーディング機能と併用したりしている。アナログ人間です。

 

打ち合わせ後は再び原稿、それから別の仕事。夕方からプールへ。このところずっと雨が降っている。傘に小さな穴が空いているみたいで、雨が銀色の軸をつたってきて手が濡れる。

プールはあまり泳げず、1200メートル泳いだところで閉館時間に。帰り道、スマホを見たら母からLINEが届いていて、今日2回目のワクチン接種をしてきたという。今日の時点で2回接種できていれば、抗体ができるまで時間がかかったとしてもオリンピック開会には間に合いそう。ひとまずほっとする。

 

一方私の方は、接種クーポンが届いたのが今週の月曜日。私よりも先に家に帰った恋人が封筒の写真を送ってきて知ったのだけど、その時ちょうど聞いていた「荻上チキ・Session」で「大規模接種センターが今日から2回目の接種を優先。初回の接種希望者の枠は制限される」というようなことを報道していて、一歩遅かった! と思った。今からでも初回接種は受け付けていると思うのだけど、なんだかすごく混みそうで、予約もしていない。

区の予約サイトにアクセスしてみると、私の年齢では接種予約の受付開始が6日からになっていた。人の話を聞くと予約もなかなかとれないと聞くし、これはまだ時間がかかりそう。

 

ただ、実はワクチン接種について様子を見たい気持ちが少しだけある。副反応は確率が低いし、そこまで心配はしていないのだけど、人と話す中で長期的な影響について不安が生まれてきたのだ。

本来であればワクチンの承認は数年単位の時間をかけて治験をし、経過を観察するプロセスを経る。今回はその段階をスキップしているので、長期的に見た時のリスクがわからない。そしてその観点での安全性は時間が経たないとわからなくて、それを証明する方法は現時点ではない。

もちろん、かなり慎重に万全を期して進めているはずだし、長期的なリスクも可能な範囲で考慮し検証しているだろう。だからまず大丈夫だと思うし、オリンピックで流行がどうなるかわからないなか、喫緊の感染リスクを防ぐ方が重要だという考え方もわかる。自分も目の前の感染リスクを考えれば、はやく打ちたい気持ちが強くある。今日の打ち合わせ含め出張に行く機会が今後何度かありそうだから、自分が媒介者にならないためにも打つべきだろうと思うし。

最終的にきっと私は打つと思うのだけど、われ先に、何がなんでもというわけではないのが本音だ。だから接種が先延ばしになっていることに、実は少しほっとしている。でも、近日中にはしっかり考えて判断しないといけない。

こういうことを書くと、陰謀論者や極度な怖がりのように思われるだろうか。自分としては反ワクチンのつもりはなく、肯定的だが慎重になっているという感じなのだけど。それにこうして自分が接種することに不安を感じながらも、母が接種したと聞けばかなり安心していたりもして、いろんな気持ちがまぜこぜ。

 

夕食後、都議会議員選挙のことを少し調べる。NHKの都議選特設サイトで自分の区の候補者の考えや政策をチェックしたり、BUSINESS INSIDERが各党にジェンダー政策に関してアンケートをとった記事を見たり。BUSINESS INSIDERの記事を見ていると、「1.選択的夫婦別姓」「3.LGBTQの権利」で自民党が明らかに浮いており、思わずちょっと笑ってしまう。LGBTQの権利については理解増進法なのか差別禁止法なのかについての党のスタンスまでは書かれておらず、これだけでは判断しにくいところはあるのだけど、それでも指針の一つにはなると思う。

この前の休日、駅前で候補者が街頭演説をしているのを何度か見かけたのだけど、自民党の候補者の時は人だかりができていて、別の政党(全面的にではないけれど、私が応援している党)の候補者の時は数人しかいなかった、ということがあった。現在の議席数を見ていればまあそうなんだろうと思うけれど、実際の光景としてみるとちょっと気持ちを削がれる。そして人だかりができるほどの政党が、性的マイノリティに対してそうした態度であるということに息苦しさを覚える。

 

今日の新規陽性者数は673人、現在の重症者数は51人、死者2人。昨日は久しぶりに感染者数が700人を超えて、感染が増加傾向であるのは明らか。っていうか、人流が増えれば感染者が増えるんだからデータを見るまでもなく当たり前の結果で、騒ぐ気にもなれない。先週くらいまでは重症者数は減少傾向にあったのだけど、こちらもまた増えはじめている。